zucca

チーズケーキとクリームソーダ

アーズルとオーヴォ 境遇と出会い ※怪我・流血表現あり



 誰にだって生まれつき、それぞれ持っている個性がある。
 足が速いとか、たくさん食べられるとか、顔が整っているとか。きっと良いものも悪いものも、個人としての特徴を表すために自分に授けられたギフトみたいなもので。
 アタシの場合は――それが目を引くほどの、薄紫色の肌であっただけなのだ。

* * * * *

 アタシは生まれた時から、人と違う個性が外に見える形で表れていた。他の家族にはない特徴だったから、病気の可能性を心配した両親からは代わる代わる医者の診察を受けさせられて。その度に病気ではなく、ただの体質だと判断され続けたけど。そう言いきるには不自然なほど異質な色を呈していた。
 自分にとってはこれが普通の肌色なのに。物心ついたときから、出会う人々には口々に変な色だと言われ続けてきた。

 いっそのこと――病気だった方が良かったのかもしれない。
 そこそこ名の知られた家柄だったし、世間体をある程度気にしなければいけない環境の中で、アタシの存在は両親にとって扱いが難しかったのだろう。
 母はいつも困ったような表情を浮かべていて、父は得体の知れないものを視界に収めたように、眉を歪めて接してきていた。
 家族ですら腫れ物に触るような扱いなのだから、他人の接し方は尚更顕著だった。
 何かを呟きながら遠巻きに盗み見る人もいれば、あからさまなほど不躾にじろじろと視線を送られることも度々で。
 どちらにしても、異端者に向ける奇異の目というものは何とも表現しがたいけど……まるで刑罰を受ける囚人のように、針の筵の上を少しずつ歩かされているような感覚がした。
 そんな周囲の反応を厭い、人目に晒されることを避けるうちに、自然と家に引きこもって本ばかり読む日々を過ごすようになったけど。そんなアタシを、家族はただ見守ってくれた。幸い、跡継ぎには上の兄もいたし、自由にさせてもらえる環境で良かったと思う。

 幼かった当時のアタシにとって、本の世界は実に居心地の良いものだった。
 煩わしい他人との交流もなければ、体全体に纏わりつくような鬱陶しい視線の波を感じることもない。その上、こちらの努力次第でどんな分野でも学ぶことができる。
 知識が増えることの楽しさを覚え、時には寝食を忘れるほど没頭した。自室は沢山の本で溢れ、いつしか本の虫と形容されるまでの蔵書を誇るようになって。将来図書館を作りたい、なんて具体的な夢もできた。
 きっとその原因や呪いを持ち合わせていなかったとしても、アタシは本の世界にのめり込んでいたでしょうね。

 そんな中、取り寄せた書物の中で一冊の本に出会った。
 内容としては何の変哲もない、主人公が数多の困難に立ち向かっていく物語。
 読み進めていくうちに……その中の台詞に、雷に打たれたような衝撃を受けた。
【未知の食べ物だとしても、思い切って食べなければ旨いか不味いかなんて分からない。同じように――まずは相手を知ることから、だろう?】
【それでも、お前の人生はお前だけのものだ。他人にどう思われるかじゃなく、自分がどう思うか、じゃないのか?】
 ただの童話と言い切るには少し大人びた内容で、啓発本にしては随分と幻想じみていたけど。何故かそのフレーズたちが、自分の心に深く突きささって。
 彼を見習って少しだけ、他人と関わってみようかしら、なんて思えたのよね。

 成長期には兄を超えるほどの背丈になって、余計に外に出ることのハードルが高く感じるようになったりもしたんだけど。あの本の言葉を知ってから、毎日鬱屈としていた気持ちを――少しずつ前へと向けられるようになった。
 他の人と肌の色が違っていたとしても、これが自分の姿。
 自分の気持ちに恥じない行動を取りたい。
 その目標に辿り着いたことで、ようやく外に出ることに挑戦することを決心したのは良かったんだけど……流石にこの身のまま挑むのは躊躇した。
 また、あの視線を浴びるのは――思い出すだけで背筋が凍りつきそうなくらい、恐怖を感じていたから。
 だから、他人と同じ世界を知るために……肌を装う手段を覚えることにした。
 身長のせいで威圧感を与えてしまうことも考慮して――ついでに言葉遣いも柔らかなものにして。
 そうして何とか、化粧のやり方と落ち着いた口調に慣れてきた頃。数年ぶりに近所の街道に足を踏み出してみて。少しずつ、外の世界を知ることができるようになった。

 当時の経験から学んだのは――肌の色さえ同じように装えば、みんな普通に接してくれること。
 視界に入る度に眉をひそめられることも、噂する小声が背後から飛んで来ることもないこと。
 大人になった今でも、あの日の感動は心の奥底に刻まれたまま。
 それと同時に、世間にとって普通でないものの心情を痛いほど理解した。
 だから、アタシは――誰に対しても偏見を持つことはしないと、強く心に誓った。

 それからは夢を叶えるべく、家の手助けもあったけど……一念発起して図書館を構えることにした。立地としては共存地域だけど――魔族地域との境目辺りの土地を選んだ。
 人前に立つことはできるようになったとはいえ、まだ他人と接することが苦手で。できるだけ周囲の人が少ない方が居心地も良かったし、ひとまず、趣味の延長線上でやっているくらいの感覚で十分だったから。
 人間も魔族も、どちらにもあまり関わらない場所に拠点を構えて、一人だけの自由気ままな仕事を始めたのよね。
 基本は閑古鳥が鳴くような日々を過ごしつつ――気になる本を集めたり、道に迷って時々訪れるお客さんに、本を薦めたりしていたのよね。

 図書館を構えて三年目のこと。
 明け方、食料調達に裏手の森へ向かったときに――風上から、鼻が曲がりそうなほどの血の臭いを嗅ぎとった。何だか妙な胸騒ぎがして、護身用の短剣を片手に臭気の強くなる方向へ、用心しながら早足で駆けていって。街道から外れた雑木林の奥まったところで、ようやく現場を発見した。
 月面のように円形状に繰り抜かれた地面に、台風が通りすぎたようにねじ曲がった木々。萎れて崩れた茸の残骸。その一帯を染め上げる大量の血飛沫。
 視界いっぱいに広がる、あまりにも凄惨な光景に……言葉を失い、暫く呆けたように立ち尽くした。
 周囲の状況を少しでも把握しようと、首をゆっくりと動かしたとき……倒木の傍に打ち捨てられている灰色混じりの布切れが、僅かに動いた。飛び上がりそうなほど驚いたけど、短剣を構えながら恐る恐る近づき、端っこをそっと摘まんでめくる。
 ――中には、年端もいかない血塗れの子供が横たわっていて。
 何かに切り刻まれたかのような傷が体中に付けられ、意識のないまま浅い息をしきりに繰り返していた。
 咄嗟の事態に慌てふためいて、一瞬頭が真っ白になったんだけど。
 その子の額から滲み出す血が、水色の髪をじわりとひと房染めたとき。
 誰かに背中を押されたような気がして、反射的にその子を布ごと抱えて自宅へ一目散に駆け戻った。

 自宅へ転がり込むように戻ってきたあと、胸に抱いていた子をベッドの上にそっと寝かせ、布切れを広げる。
 傷も出血も多く、息も弱々しい。非常に衰弱しきっていて、急を要する容体なのは明白だった。
 備蓄しているガーゼや消毒液など、使えそうなものをかき集めながら、パニック寸前の脳内で現状をできる限り冷静に整理する。
 ここから設備が整った病院へ運ぶとなると、確実に数日を要すること。
 かなり前になるけど……応急処置や医学の本は一通り読んだことがあること。
 知識としては持ち合わせているけど、人里離れたこの家には、充分な機材などは揃っていないこと。
 けれど、ここにはアタシしかいないのだから――やるしかない。
 手元に揃えた物資を強く握りしめながら……大きく深呼吸をする。
 覚悟を決めて、ありったけの蔵書をかき集めて実行へ移した。

 必死の処置の甲斐もあって、彼はなんとか一命を取り留めることはできたけど。全身に受けていた傷跡は、至るところに大きく残ってしまった。深部まで到達するような傷は少なかったものの、数が多すぎたせいで……出血を止めるために縫合を選んだけれど、本当に良かったのだろうかと疑念がよぎる頭を押さえる。
 つぎはぎのように残った傷。必死で繋ぎ止めた命の痕跡。
 何とか救えたことへの安堵とともに、後にも先にも、これほど外の世界と離れて生きていたことを悔やんだことはない。
 お世辞にも――彼が外の世界で生きるには、あまりにも目立ちすぎる。
 奇異の目を向けられることへの嫌悪感はアタシが重々理解している。
 この子を育てると決断するまでに、そう時間を要しなかった。
 辺鄙な地域に居を構えてから、本と自分だけだった世界の中に――一つの命が新たに加わることになった。

 少年は三日三晩高熱にうなされたあと、ようやく意識を取り戻した。身長と言葉の発達具合からすると、年齢は四、五歳くらいかしら。いずれ呪いが発動すれば分かることだから、今はそこまで気にしなくても良いとして。
 右目が青、左目が赤の綺麗な瞳をゆっくりと動かしながら瞬きを繰り返す彼に近寄り、ベッドの傍に座って少しずつ話を聞いていくことにした。

 一緒に持ち帰った布の刺繡から苗字がシュタインということは分かったけど、他に身寄りが分かるような物を身に付けていなかったこと。
 事件のショックで一切の記憶を失ってしまったのか、思い出そうとすると言葉が出なくなってしまうこと。
 それほどまでに凄惨な経験をしたのでしょう。ここは本来、魔族地域にも近くて危険な場所だし、周囲に広がっていた惨状からも窺い知れる。
 おそらく、身内と呼べる人は、もう――。
 それでも彼はアタシの質問に応えようと、必死に頭を押さえて踞りながら記憶を辿ろうとする姿に、慌てて制止した。
 犯人も見つかっていないし、こんな目に遭った原因や加害者の意図が分からないのは不安だけれど。
 少年には無理に思い出すことはないと笑いかけて宥め。
 アタシの好きな本の登場人物から――オーヴォと名付けることにした。

 ある日。腕に刻まれた縫い目をまじまじと眺めながら、オーヴォがぽつりと呟いた。
「アーズル。己(おれ)って、可哀想、なの……?」
 その言葉には聞き覚えがある。今朝、森の近くでたまたますれ違った冒険者に……去り際に呟かれた言葉。相手に悪意はないんだろうけど、耳に残った響きが気になったのか、しきりに自分の腕の傷跡に視線を注ぎながら疑問を抱いたように首を傾げていた。
 見ず知らずの人から投げかけられた心ない言葉に内心怒りを覚えつつも、オーヴォの傍に座り込み、彼のために真摯に言葉を紡ぎ出す。
「うーん。人には色んな考え方があるから、可哀想って表現になることもあるのかもしれないわね。例えばアタシの肌だって、オーヴォや他の人と違う色をしていて変だって言われることもあるわ。でも、アタシにとってはこの肌が普通。あなたの傷跡も同じ。普通とか、可哀想とかは自分が決めることで、他の人に決める権利はないのよ。大事なのは……オーヴォは今、自分のことをどう感じているかしら?」
 少し大げさに自身の右袖を捲り上げ、微笑みながら彼の前に見えるよう差し出す。オーヴォはアタシの腕をじっと見つめたあと、はにかむように笑った。
「そっか。なら……己は今、幸せ。アーズルと一緒にいられて、毎日楽しい」

 ベッドに横たわって静かな寝息を立てる姿を眺めながら――穏やかな気持ちを感じるとともに、頭の片隅に一つの懸念が浮かぶ。
 この子はまだ幼いから、そこまで気に留めていないのかもしれないけど――これから先、また自分の外見について悩むときがやってくるかもしれない。
 身体に刻まれた、数多の傷跡を消したくなるような気持ちを味わうことがあるかもしれない。
 だったら、アタシとしては――できるかぎりのことはサポートしてあげたい。
 いずれ成長したときに彼が自らの意思で選択できるように、必ず手法を探し出しておくことを心に決めた。

* * * * *

 あれからもう十年以上の月日が流れて。オーヴォは強い子に育った。特に筋力に恵まれて――二人暮らしの生活の中で、日々その力を発揮している。
 暫く前はアタシが取り組んでいるのをただ横で見ていただけなのに、自覚してからはアタシが頼んでもないのに、薪割りや食料調達なんかをバリバリこなすようになって。
 必死に薪割りや水汲みをやっていた身からすると、正直羨ましい限りだ。
 今日もまた、裏庭から規則的な薪割りの音が響いている。キッチンから面した窓をがらりと開け、聞こえるように大きな声で話しかけた。
「オーヴォ! そろそろおやつにするわよ~」
「……うん」
 こくりと頷く姿に手を振りながら笑みを返し、キッチンの奥へと戻る。
 オーヴォは呪いのペナルティを回避するために、できるだけ話さないように心がけているみたい。
 呪いを授かってから一度、森の中ではぐれて迷子になったことがあって。
 ずっと声を出し続けていたようで、ようやく発見したときにはペナルティを受けて女の子の姿になっていた。途中で転んでしまったのか膝や腕のあちこちに擦り傷ができていたし、姿を探し出せるまでは心臓がぎゅっと掴まれたって感じるくらい、気が気じゃないほど心配したのよね。
 あの時は、寡黙なこの子にしては珍しく――わんわん泣いちゃって、安堵の気持ちを感じながら、宥めるのが大変だった。

 今は随分大きくなったし、周囲の地形も把握してきたから心配する頻度は減ったけど。
 オーヴォはその時アタシの狼狽えた様子が記憶に刻み込まれているのか……かなり気を使って会話するようになった。お客さんにもスケッチブックを介して対話している姿を見かけるし、もしもの時を考えて必要最低限ですませているみたいね。
 そんなことを考えていると。正面の扉から、斧を片手に携えたオーヴォが姿を現した。手に付いた木屑を水場で流してくるように伝えたあと、拵えたおやつを振舞うために、最後の飾りつけを進めることにした。

「今日は蒸し暑いから冷たいものにしたわよ~」
 キッチンの奥から、盛り付けた皿たちを順番に並べていく。
 星形のミルクチョコレートと星屑ベリーを乗せたクリームソーダと、ブルーベリージャムを生地に混ぜ込んだマーブル模様のチーズケーキ。テーブルにずらりと並べてみると、一層涼しげな印象だ。有り合わせで作ったにしては綺麗に仕上がって、満足感で胸が満たされる。
 大人しく座ったオーヴォにスプーンとフォークを手渡すと、クリームソーダを手前に寄せ、上部のアイスクリームを掬っては口元へと運び始めた。
 呪いの影響で寡黙にならざるを得なかったこともあって無口なように見えるけど、アタシには手に取るように分かる。
 お菓子の中でアイスクリームが一番好きなこと、すっかりお見通しなんだからね。

 日照の多い地域ではないんだけど今日は湿度が高いせいで、少し動き回るだけで汗がじわりと滲んでくる。正面のオーヴォに視線を向けると、いつもはふわりと浮いた前髪が汗でぺったりと張り付いていた。本人も気になっているのか、汗を拭うような感じで何度も髪をかき上げている。その度に、額の傷跡が露になる様子を目で追いながら――ついぽつりと問いかけた。
「ねえ、オーヴォ。アタシみたいに化粧で隠したり、うまくいくかは分からないけど……身体の傷跡を消す方法、試してみたいと思う?」

 実際、方法がないわけではない。彼のことを考えて、関連する書物もとっくの昔に探し当てている。
 ようやく手元に届いたとき――自分の体で試してみることも検討したけど。化粧で繕うのとは訳が違うと考え直して、結局止めた。
 仕事をしている限りは、普段は足を運んでくれるお客さんのことを考えて繕うけど――この肌自体は生まれ持った自分の個性。アタシはこのままの姿が良いのだからと結論付けて、最終的には行わなかった。
 けれどもし、この子が望むのなら……最善を尽くす覚悟を持っているから。
 いつか使うべき日がくる可能性も考えて、本棚の奥にずっと仕舞っている代物だ。
「え、っと……」
 そう小さく呟いたオーヴォはアイスクリームを食べ終えたところで、スプーンをテーブルに戻し、少し俯いてじっと黙り込んだ。
 この子のことだ……声として発するには少し時間がかかる。頭の中で考えをまとめる時間をとっているのだろう。制約がある中で、適切な言葉を紡ぐために。

 相手の様子を伺いながら、静かに待つ。クリームソーダのグラスから氷の崩れる音がからりと響いたとき。オーヴォはゆっくりと顔を上げた。
「己は、このままで良い……」
 予想と外れた返答に、思わず前のめりになって聞き返してしまう。
「どうして? 見た目で困ることもあるでしょう? もしこの傷がなかったら、って感じることはないの?」
 アタシが立て続けに質問する様子を見ながら、オーヴォは続けた。
「時々、変だって言われることも、ある。けど……この傷跡は、アーズルが己を助けてくれた、印。己にとっての誇りで、大切な絆だから……隠したり、なかったことには、したくない」
 そう、きっぱりと言いきったあと。こちらを見つめ返す瞳には、悲観的な色なんか微塵も感じられなくて。

 この子はまだ、感情表現が多い方とは言えないけれど。きっと、あの本の主人公のように――自分の意思で着実に選び取りながら、日々成長しているのね。

 お互い、世間で言うところの普通とは程遠い容姿をしていて。
 過去にやったことが正解とも間違いとも判断できずに悩むことだってあるけど。
 アタシの思いを受け止めたうえで、そう伝えてくれたことが――言葉に表せないほど嬉しい。

 彼の意向を尊重するべく、相手に伝わるように大きく頷いた。
「……そっか。分かったわ。今の話は忘れてちょうだい」
 つられてオーヴォもこくりと頷いて、ふっと表情を緩める。
「己のこと、考えていてくれて、嬉しい。……アーズル、いつも、ありがとう」
 照れたように笑う姿に、途轍もない愛おしさを感じて。
 そう呟いた彼のことを、思い切り抱きしめに駆け寄ったのだった。


 アーズルの境遇とか、オーヴォとの出会いとか。
 この二人はまさに、『家族』という表現が一番しっくりくるなあ、と思っています。