琥珀色のルームメイト
神仕二人の出会い・ルチアーノ視点
初めての寮暮らし、新しい生活。とても響きが良いもんだ。
心機一転という言葉が表すように、心の中が一度まっさらになって清々しい気持ちになる。
期待に胸を膨らませながら足早に実家を出たのだが、どうやら逸る気持ちが前へと進む原動力になっていたようで。当初に予定していたよりも早く、昼に差し掛かる前に到着してしまった。
召集の手紙に指定されていた通りに職員室へ足を運ぶと、集合時間より大幅に早く着いたこともあり、数名の先生が書類の山を抱えて机のそばを慌ただしく動き回っていた。
どうやら新入生用の書類の準備真っ最中だったようで、促されるまま来客用の椅子に腰掛ける。
学校でこれから勉強していく内容だったり、学校の噂話だったりと……待っている間に新入生には耳にしたことのない、興味深い話をいろいろと聞くことができたのはラッキーだった。
次々と渡された書類の記入も終わり、最後に聞かされた話のオチも綺麗に決まったところで職員室を後にする。
在校生からすると長期休暇の時期にあたるらしく、校内ですれ違う人影はまばらだ。
部活動なんかもあるらしいし何か始めてみるのも面白そうだよなー、なんて学校生活にあれこれと思いを馳せつつ廊下を進んでいった。
自分が神仕になるかどうかははまだ分からないが、神学校に進むことを決めた。他の道もあったと思うけれど、直感的にそうした方が良いと感じたところが大きい。
死者の国の人間にとって神仕はなりたい職業上位に選ばれているし、勿論俺も憧れていることは事実だしな。
卒業までに将来について何かきっかけになるものが見つかるといいよなーと考えつつ、まずは学校生活を楽しんでいくのが目標だ。神学院に進むかどうかもその時に決めようと思っている。
ただひたすら寮に向かって歩くというのも飽きてきたのと、広い校内についつい好奇心が疼いてきたこともあり、折角だからと学校の中も少しばかり歩き回ってみる。
受け取った地図は部屋の名前やいろんなところが違っていて、新たな発見がある度に赤いインクのペンで書き換えていく。ついでに見つけた面白そうな場所や秘密の入り口っぽいところも横に書き加えていって、自分だけのオリジナル地図を作成してみた。
……うん、こうすると宝探しみたいで面白くなってきたぞ!
こうして楽しみながら学校の中もある程度散策し終わったところでようやく寮の入り口に辿り着いたので、今度はそちらの方へ足を進めることにした。
校内ほどは広くないものの……談話室や洗濯室なんかの寮ならではの設備があちこちに用意されていて、想像していたよりも何だか物珍しい雰囲気だ。
学生の個人部屋のフロアに着くと、更に珍しい光景に直面した。廊下の脇には大小様々な荷物がドアの傍に並べられていて、まるで大きな倉庫の一角のようだ。
そういや大きな荷物は先に送っておいたんだったな。と思い出す。 扉に掲げられたネームプレートと傍に添えられた荷物とを交互に確認しながら進んでいくと、身覚えのある木箱がいくつか置かれている部屋が目に留まった。足早に近づき、再度双方を見比べて……紛れもなく、今日から自室となるところだと断定することができた。
ドアの前には自分の荷物しか用意されていないところを見ると、ルームメイトは今日来ないのかもしれないな。ひとまず部屋の中に置いておけば大丈夫だろうと部屋と廊下を何度か往復し、荷物を部屋に押し込んでいく。最後に机の上に乗せていた鞄を邪魔にならないよう木箱の上に軽い力で投げ置いた。
何とか一人でも運搬作業を終えることはできたが、それでも時間はかなり余裕がある。
さっきの地図の感じだとまだまだ学校の中も気になる箇所はありそうだけど、まずはホームを詳しく知るところからってな。
地図を相棒に寮の中を歩き回ることを計画し始めた時、一際大きな文字で書かれていた食堂の文字が目に留まった。
昼食もまだだったことだしまずは腹ごしらえが先だな! と、地図を片手に自室を後にすることにした。
昼時にも関わらず食堂に訪れていた人影は思いのほか少なく、それ程込み合っていなかった。やはり学生が少ないからだろう。そのため営業形態も縮小時期らしく、メニューも数品のみの提供だったが……どれもこれも美味しそうだったし、自分が選んだものも満足できるものだった。
……何より、寮の中に食堂があったのにはほっとした。
自慢じゃないが、何せ料理の腕はてんでダメ。……まあ、他の家事もできるのかと聞かれればと苦手だと即座に答えるレベル。寮に入ると決まった時から生活スキルを心配され続け、自宅でも教わりながら何度か練習してみたものの……結局親にすら匙を投げられてしまい、本日に至る。
願わくばルームメイトに教えてもらいながら上達できるといいよな、これからの頑張り次第できっとどうにでもなる! ……と思いたい。
空腹感が満たされると眠気に襲われてきた。
特に目指す場所も目的もなくふらふらと歩いていくと、急に視界が開けたところに突き当たった。……中庭だ。
若芽の葉が所々に目立つ新緑の木々の傍にはゆったりとしたベンチが並び、こうした明るい時分には憩いの場としても良さそうだ。また、聖人を模した白磁の像があちこちに置かれていて、神学校らしき雰囲気を改めて感じる。
中心の方へ歩み寄ってみると、建物の外観を四方から眺めることができた。
身体をその場でぐるりと回し、眺めた視界の先でいくつも並ぶ円形の窓に既視感を覚えて記憶を辿った。……そうか、自室にあった窓と同じだな。
自分の部屋はどの辺りだろうか、と大体のところに目星を付けて入念に見回してみる。
ほどなくして三階の辺りで半分ほど開いている窓を見つけた。俺と同じ新入生なんだろうか。荷物の整理を行いながら休憩しているのか、外の景色を眺めているのか……丁度顔を覗かせていてこちらの姿も気づいてもらえそうだ。相手に向けて暫く手を振っていると、どうやら目に留まってくれたらしい。相手からも同じような動作が返ってきた。
もしかしたらまた会う機会があるかもしれないな。ますます新学期が楽しみになってきた。
再び建物の中へ戻る頃には徐々に生徒も集まってきたらしく、何人かの新入生とも会うことができた。すれ違う度に挨拶を交わしながら、ひとまず部屋に戻ることにする。
もしかしたらルームメイトが来ているかもしれないし、沢山話題になりそうなものも見つけたしな!
同室の相手はどんなやつだろうなと想像を巡らせながら足を進めている最中に、室内に適当に荷物を置いていたことを思い出した。
流石に来る前にちょっと片づけておくか!
そうと決まれば急ぐに限る。周囲に誰もいないことを確認し、駆け足で進んでいく。
廊下を走るなんて、きっと新学期になると怒られてしまうんだろうな。これも休暇中の特権だ、なんて笑いながら勢いに任せて扉を大きく開くと、部屋を出る前にはなかった人影が出現していた。
気づいたときにはすでに遅し。踏み出した足はそのままに、バランスを崩して相手に向かって勢いよく倒れ込んだ。しまったという思いと次に来るであろう衝撃に耐えるため、思い切り目を瞑る。しかしながら相手へぶつかったことは感じたものの、掴まれた両腕からゆっくりと体を前へと引き戻され、そのまま床へ倒れ込むことはなかった。
何とか体勢を立て直し、改めてその人影をまじまじと認識する。
ここにいると言うことは、おそらく目の前の彼がルームメイトになる人物で……もしかして俺、しょっぱなからやらかしたのか……?
自覚した途端に血の気がさっと引くのを感じ取る。咄嗟にいろいろと考えを巡らせた脳内でまず実行に移した行動は、精一杯声を張り上げて謝罪の言葉を述べながら勢いよく頭を下げることだった。
「あああ! さっきまで一人だったから誰もいないと思って開けちまった! すまん、怪我してないか!?」
ヤバい、申し訳なさ過ぎて相手の顔が見られない……!
「あ、ああ……大丈夫だ、」
相手の声音からは動揺のニュアンスしか感じられない。物凄く怒ってるのかもしれないし、何なら嫌味のひとつやふたつ言われるのかもしれない……。
こっちの落ち度だ……何が来ても腹を括ろうと覚悟を胸に、頭を下げたままの状態で待ち構えていると振ってきたのは怒声でも嫌味の言葉でもなく、最初の挨拶の言葉だった。
「僕……いや、私はジャントール。……宜しく頼む」
丁寧な挨拶からは、こちらに対しての敵意や悪意なんてものは全く感じられなかった。
ただただ実直な印象がこちらに伝わってくる。
挨拶を受けたからには俺も返さないといけないな、と思い、俯いていた顔を勢いよく上げる。さっきの失態を取り戻すべく、全力の笑顔を浮かべて相手に向き直った。
「俺はルチアーノ。 これから宜しくな!」
ばちりと視線がぶつかった時、視界の中に捉えたのは琥珀のような綺麗な色合いの目。
表情は堅そうと言うか、厳格そうな雰囲気にも捉えられそうだが、引き込まれるような目の色は対照的に柔らかい光を放っているように感じた。
深い海みたいな髪色と合わせると、海に浮かんでる月みたいだな。
相手は何を思ったのだろうか……こちらを見つめたまま、そのまま顎に手を当てて黙り込んでしまった。 眉根には徐々に皺が寄り、切れ長の目が一層険悪なものに感じられる……ヤバい、そうしてると一層三日月みたいに見えるよな、なんて考えてる場合じゃない。
笑顔での対応を心がけていたものの、不安を感じてこちらも徐々に表情を崩してしまう。
どことなく上の空と言うか、心ここに非ずといった雰囲気だ。
どうしたものか……とりあえず、相手の前へと一歩近づき、掌をひらひらと相手の顔前で振ってみた。……お、気づいてくれたようだ。
「おーい……? 大丈夫かー?」
相手は少し瞠目したように目を動かすと、瞬きをしてこちらへ向かって軽く頭を下げた。
「……すまない、少し考え事をしてしまった」
こちらが次の言葉を発しようか悩む前に、続けて声を掛けられる。
「その……先ほどの件で怒っていた訳ではないから、気にしないでくれ」
言葉を選びながら話しているような口ぶりと、声音からもこちらに気を遣ってくれているのは十分に伝わってきた。
最初は不愛想な奴かと思ったけど、良く考えてから話すタイプかもな。
改めて挨拶のやり直しだな、と思い、当初考えていたように右手を差し出しながら相手に話しかけることにした。
「ルチアーノ、で良いぜ。今日からルームメイトだしな! 俺も名前で呼んでいいか?」
「そうだな…………では改めて。これから宜しく頼む、ルチアーノ」
少しの間はあったものの、相手からは同意の返事を得ることができた。
俺とは性格も全然違うみたいだけど……おそらく、こいつとは仲良くやっていけそうだ。
学校へ到着する前よりも一層楽しみが増えた高揚感を抱えたまま、差し出した右手を握り返されて相手の掌の熱をじんわりと感じながら……そう直感的に感じていた。
了
紳士二人の出会い・ルチアーノ視点編。同じ話をそれぞれのキャラ目線で書いてみたくて取り組んだ作品でした。
お互いタイプが違うのに、大人になっても一緒に過ごしたりできているところが二人の素敵なところだなーと思ってます。