おそろいの理由
神仕たちと服装・過去回想メイン
そろそろ衣替えに取り掛かる時期に差しかかったのかと感じたのは、コゼットが布団から起き上がってくるのが遅くなったことだった。私が起床する際に捲れた布団の隙間から朝の空気を感じるのだろう……ここ最近、夢の中に微睡んだまま無意識に布団を握りしめながら奥へと潜り込んでいる様子を目にするようになっている。
地下に所在する影響からか、この国の者はわずかな気温の差も感じ取りやすい。特に寒さには敏感で、教会を訪れる信徒の中にもコートを纏っている者を目にしたのは数日前の出来事だ。教会へ向かうまでの町並みでも軒先で厚手の毛布を干している家を見かけたり、毛皮を専門に扱う行商人が市場に増えていたりと、随所に冬の装いが感じ取れるようになっている。
私としても朝は少しばかり肌寒くなってきているし、帰宅途中に隣を歩く友人が不意に鼻を啜る回数も増えたように感じてきたところだ。
本日は休みだ。時間も十分にあるし天気も良い……丁度いい機会だろう。
先週のこと、お目当ての絵本を買いに行きたいと漏らしたコゼットをルチアーノが引き受けてくれると言うので、今日は二人揃って町の方へ出かけている。本当ならば私も着いて行きたかったのだが、コゼットがどうしても私には来てほしくないのだと、きっぱり断られてしまった。
これが反抗期と言うものなのか……と、想像以上に心に突き刺さる衝撃に大きく肩を落としたところで、愛娘が見ていない隙をついて小声で耳打ちをされたのだ。
……ヒントは今月の大事なイベントだな。お前に関係あるやつだぞ?
ルチアーノの悪戯っ子じみた表情と、コゼットが後ろ手に握りしめていたお小遣い箱の様子から……私の誕生日が控えていることをようやく思い出した。
それからというもの、夕食の後や絵本を読み聞かせている最中にこそこそと二人で打ち合わせをしている様子をしばしば目にしていたのだが、ここは一つ気づいていない振りをしておく方が良いだろうと、出来る限りそっとしておくように心がけている。
昼食の片づけを終えて一息ついた頃に自宅まで迎えに来た友人へ愛娘を託し、町へ向かう二人の後ろ姿を玄関の脇で見送った後、今日の作業を洗い出すことにした。
私がこれからやっておくべきこととしたら、予定していた衣替えを終わらせておくことと、夕食に二人の好物を用意しておくことだろう。
螺旋状の階段を足早に上り、寝室の部屋に入り込む。
ベッドから一番離れた場所の収納棚の扉に手を掛け、ゆっくりと開いていく。少し立てつけが悪くなっているようで少しばかり手こずったものの、扉を小刻みに揺らすように動かし、何とか開けることができた。
奥まで見渡すことができるよう棚の入り口の傍に小型のランタンを置き、収納していた衣服一式を探し出す作業を始める。
「確かこの辺りに仕舞っていたはずだが……」
半年前のこととは言え、正確に覚えているのかという点は不安が残っていたが……冬用の衣服一式を収納した木箱を難なく見つけ、両手で持ち上げて部屋の中へと運び出した。
上部を覆うように被せていた袋と蓋は壁際へそっと立て掛けておき、取り出した衣服を次々にベッドの上へと並べていく。一枚ずつ広げては綻びや傷みの有無や大きさの確認を行った。
軽く羽織ってみたが昨年の衣服と言うこともあり、私のものにはさほど変化はない。
しかし、コゼットの方はやや小さくなっているように感じた。……予想通りだが、こうした所で娘の成長を感じることができるというのも感慨深いものだ。
調整の利くものは丈を直したり、新たな衣服を用意するのも楽しみの一つだ。一着ずつ服を合わせる度に愛娘と繰り広げるやり取りを思い浮かべ、自然と笑みがこぼれ出た。
空になった木箱の中へ夏物の衣服を仕舞い込み、棚の奥を覗き込んだところで一回り小さな木箱に目が留まる。確か、あの中身は仕事関係の衣類をまとめたものだ。
ついでに虫干しでもしておくか、と木箱を取り出し、蓋を外して中を覗き込んだ。
一番上に仕舞ってあったのは、金の刺繍が施された濃紺のコートに淡い水色のストール。少し前まで身に纏っていた衣服だ。今の仕事着を仕立てたのはそれ程前ではないのだが、暫く眺めていないと懐かしいように感じるものだ。
思わず手に取って持ち上げたその下には、二回りほど小ぶりな衣服が顔を覗かせていた。
藍色のコートに黒のズボン、これらは仕事着ではないが……大いに見覚えがある。
「……神学校時代の制服か」
これこそじっくりと眺めた記憶は近年思い当たるものはなく、正に懐かしいという感情が呼び起こされた。
神学校に通っていた頃、同室のルチアーノとはほぼ同じ背格好だったこともあり……いつからか揃いの衣服で授業を受けるようになっていたことは覚えている。これはその当時に着ていたものだ。
そもそも……なぜ揃いの衣服を着るようになったのだろうか。
件の衣服に身を包んでいた頃の記憶を辿り、久方ぶりに当時の情景を思い返してみることにした。
* * * * *
親元を離れた暮らしに不特定多数の者との共同生活。最初は不安ばかりが頭を過ぎっていたものの、神学校での生活も大分慣れてきたものだ。
授業は学ぶべきことも多く毎日が充実しているし、同胞たちとも良くやっている。
当初思い描いていた寮生活よりも楽しく過ごせていると感じるのは、徐々に打ち解けてきたルームメイトの影響が大きいだろう。
誰に対しても人当たりがよく、同級生からの信頼も厚い。何も考えていないように見えて、その実は相手に対する気遣いもできる。頼もしい友人ではあるのだが……家事のスキルは驚くほど壊滅的だった。
この学校では生徒の協調性と自立性を育成するという名目のもと、ほとんどの身の回りのことを自分たちで行わなければならない。
最初のうちは本人の意思を尊重して任せたりしていたものの、一人で上手くやり遂げた姿を見た試しがなかった。この状態では流石にまずいと、何とかこなせるように出来る限り横に付いて教えたりすることもあるのだが……こちらの負担が非常にかかる上に、喧嘩になることもしばしばで。
やむを得ない時には適材適所と割り切って、ほぼ全般を引き受けているようなことも多い。
本人がやたらと手伝いたがるのが難点なのかもしれないな。……と、先日繰り広げられた自室の惨状が脳裏を過ぎり、思わず身震いさせた。
どうやったらあんな惨状を生み出すことができるのだろうか……。
昨晩の話だと今日は日直だと聞いていたこともあり、朝も先に出ていて今日のところは顔を合わせていない。戸締りや片付け等の雑務もあることだ……おそらく帰ってくるのはもう暫くかかるだろう。自室の鍵を回し、念のためノックを数回響かせてから部屋の扉を開いた。
やはり友人の姿は部屋の中には見えず、今のうちに出来る家事を終わらせるべく、荷物を机の端に置いて早足で奥へと向かう。
夕暮れの薄明りが差し込む窓をからりと開けて干していた洗濯物を手早く取り込み、ベッドの縁に浅く腰掛けた。両腕に抱えていた山ほどの洗濯物を隣にそっと置き、一枚ずつ手に取っては順番に畳み始める。
外の空気も少しずつ寒くなってきたことだし……そろそろ衣替えをしないといけないな。
手を動かしながらそうぼんやりと考えつつも、作業を終えて立ち上がる。整えた洗濯物を片手に抱え、もう片方の手でクローゼットに手を掛けた。開いた真正面には備え付けの収納棚があり、自分たちはこの引き出し部分を衣服の収納場所として使用している。
共有空間には限りがあるため、あらかじめお互いの衣服を収納した場所を取り決めて何とかやり繰りをしているのだ。正面に立って左が自分、右が友人のスペースとなっている。友人のものと自分のものとをそれぞれの棚の天板にまとめて置く。
洗濯物は畳むところまではお互いのものも共に行うようにしているが、仕舞うところは各自で行うルールだ。自分の引き出しを上から順に開き、決まったところへと仕舞っていく。きっと友人も帰宅したら同じように片づけていくはずた。
流石に収納状態までは面倒を見きれないからな。そう考えた矢先……視界の端、二段目の引き出しの隙間から灰色の長袖が拳一つ分ほど飛び出していたようだったが、見なかったことにした。
こちらの衣服を片づけていく途中……三段目の引き出しを開けた時、思わずため息を洩らしてしまった。
また……こちら側の衣服に乱れがある。
整然と敷き詰められていた服が引き出しの中であちらこちらに動いているし、昨晩畳んでおいた黒のタートルネックが見当たらない。
この原因を作ったのは……同室の者しか考えられないだろう。
「……ルチアーノのやつ、また間違えて着ていったのか……」
背格好はほとんど変わらないためお互いのサイズ自体は同じものではあるのだが――インナーであったり、ズボンであったりと……細部が若干異なるにも関わらず、何故かしばしば間違われることが多い。本人曰く、服が似ていて見分けがつかないと言っているのだが、おそらく別の理由で間違えているのだろう。
これは身近で観察していて気付いたことなのだが……この友人は慌てたりパニックになると突拍子もない行動をとるのだ。
料理を作っている最中に出くわした際には、流れるような作業ミスの連発で異形の料理を作り上げていたし。中庭に飾られている石膏像を割ってしまった時は、こちらが止めるそばから連続して被害を増やしていて頭を抱えた。
あの時は生徒指導の先生のところへ一緒に謝りに行ったんだったな……。職員室で滔々と怒られたのも記憶に新しく、鮮明に覚えている。
それはともかく。今回の場合は……大方、寝坊してこちらの引き出しを漁り、咄嗟に掴んだ衣服をそのまま着て行った……というところか。
何度も口酸っぱく言い続けるのはこちらとしても気が引けてくるものだが、相手のためを思うと指摘しておいた方が良いのだろう。
そう決意すると。乱れた衣服を再び元の位置へと整えていき、友人の帰宅とドアが開く音を待つことにした。
待ち望んだ音が耳に届いたのは、大方の家事を終えて机に向かい、本日の課題に取りかかり始めた頃だった。
授業に加えて時間のかかる雑務、そして普段よりも長い拘束時間。日直の作業によほど疲れたのだろう……部屋に入って早々に机の上へと荷物を投げ出し、隣の椅子にどっかりと座りこんだ。
「帰ったぜー、日直の仕事も結構あるもんだなー……」
「遅かったな」
「おー、まあ何とか終わったぜ。メシはどうする? 作るなら手伝うぜ!」
疲れを吹き飛ばすかのように背もたれに体を預けながら大きく腕を上げて背伸びをし、こちらに向かって楽しげに話しかけてきた。
……本当に、この友人のバイタリティは見習いたいものだが……今日はそんなことを考えている場合じゃないな。
返答をする前にまずは本題からだと向かい合う形に椅子を動かし、友人の首元に向けてゆっくりと指を差す。
「どうかしたか?」
こちらの挙動の意図が伝わらなかったようで、不思議な表情を浮かべたまま首をかしげて問いかけられた。
再度同じ動作を繰り返し、今度は言葉でも告げるようにする。
「インナー、また間違えてるぞ……。ルチアーノ。いい加減、自分の服くらいちゃんと管理してくれないか」
ようやく気づいてもらえたらしく、疑問の表情から一変し、はっとした表情を浮かべて頭を抱えたまま机に突っ伏した。
「また俺やらかしたか……!? ジャントール……すまん、悪かった! この通りだ!」
今の今まで全く気付いていなかったのも凄いことだとは思うが……。
「……次からは気を付けてくれ」
「分かった……。何回かやっちまってるし、今度こそ間違えないようにしないとなー……」
こうやって本人に改善の意欲があるのだから、こちらとしても協力には応じたいとは思っている。僅かでも助言になればと、思うところを伝えてみることにした。
「お前の場合、少しそそっかしいところがあるからな……何か改善方法でも考えてみたらどうだろうか?」
隣の友人は暫く俯いたまま考え込んでいる様子だったが……何か活路が見いだせたのか、急に顔を上げて明るい声音で話しかけられた。
「そもそも神学校の制服って自由だし……。あ、それなら良い考えがある!」
「良い考え……? お前、これから何をするつもりだ……?」
「まー、気にすんな! とりあえずこっちで準備してみるからな!」
そう言い放つなり、何やら一人納得したように満足そうな笑みを浮かべている。こういう時に限って決断が早い上に人の話を全く聞き入れようともしないのだ。
一体何を始めるつもりなのだろうか……こちらが言い出した手前、意味深な笑顔を顔に張り付けた友人からはそれ以上何も聞き出すことは出来ず、結局もやもやとした気持ちを抱えたまま数日を過ごすことになった。
一週間後。日直から帰った私の前に現れたのは、自身のものとお揃いの服に身を包んだルチアーノだった。
「どうだ、これなら間違わないだろ! というか同じ服なんだし、間違ったとしても大丈夫だよな!」
本人の口から熱く語られた話を要約すると、どうやら衣替えのタイミングで自分のものと全く同じ服をあつらえたらしい。自信に満ち溢れた満面の笑みでそうまくし立てられては、開いた口から言葉が出ないというか……。
まさか間違えない工夫ではなく、間違えても良い工夫を考えてくるとは思ってもみなかった。
呆気にとられて発する言葉が出てこない、という状態が本当にあるんだな……。
容姿が似ていればドッペルゲンガーというものにあたるのではなんて、思考が停止しかけた脳裏の片隅でうっすらと考えていた。
* * * * *
そう言えば、当初は同級生にもからかわれたんだったな。
……最も、ルチアーノが理由を積極的に話し、彼の性格や家事スキルを熟知している面子には容易に理解してもらえたので数日のうちに収まったものではあったが。
確かに初めは物珍しく感じるが、何日も見慣れてくると日常にすっかり溶け込んでしまうらしい。
少しばかり背丈や体格に差が表れるようになっても、ルチアーノとは同じ衣服で寮生活を続けていた。流石に色が異なるので間違えて持って行かれることはなかったが――学校を卒業する際に贈られるストールですら、全く同じデザインで揃えてきていたのだ。
神仕に就いてからも基本的なデザインは同じ衣服に身を包むことになり、いつまで続くのだろうとぼんやりと考えていたのだが……。 あの一件からか。
輝石祭で妻の輝石を砕いて、胸に掲げた定位置からはなくなってしまって。
勿論彼女のことを無理に忘れようとしていた訳ではない。……長らく着続けていた仕事着ともあって傷んできていたし、丁度良い頃合いだったのだ。
新たに仕立てた服で初めて仕事に赴いた時。教会の中で顔を合わせた友人が一瞬、驚いた顔を浮かべたことを覚えている。それから暫くして、白のストールを身に纏った友人の姿を見てこちらも大層驚かされたものだった。
俺もイメチェンだな! ……なんて冗談を交えながら高らかに笑っていたけれど。
今思い返せば、きっと気遣い屋の友人なりの配慮だったのだろう。
そろそろ二人が帰ってくる頃合いだ……きっと土産話が山のようにあることだろう。こちらも久しぶりに思い出した昔話を語るのも良いかもしれない。
娘の衣替えの準備や夕飯の献立に思いを巡らせながら、久方ぶりに日の目の浴びた思い出の衣服たちを丁寧に元の場所へと戻していき、足早に玄関の方へと向かうことにした。
了
設定画を見ていて、何でお揃いなのかを考えた結果、行き着いた作品。神学校や神仕には制服規定とかあるのかしら?