心に秘めて
ルチアーノの独白 ※ジャン←ルチ
山積みになった衣服の塊、今にも崩れそうな横積みの本の塔。……と、考えているそばから足元へ転がり落ちてくる鍋の蓋。玄関から廊下へと進み、最初に開けた扉の先で――部屋の惨状を目の当たりにした親友の表情が、顔を覗き込まなくてもありありと脳裏に浮かんでくる。
細く長い息を吐き出し、突き刺さるような視線をこちらに向けていると思われるジャントールの横で、冷や汗がどっと背筋を伝っていくのを感じた。
少しの静寂の後で、地を這うような静かな声でゆっくりと問いかけられる。
「ルチアーノ……私の言いたいことが分かるか……?」
「あー……一か月前に片づけたのにどうしてこんな風になってるんだ、ってとこか……?」
「……そんなところだ。全く、お前は本当に昔から変わらないな……。さっさと始めるぞ」
親友は上半身を傾けると足元へ手を伸ばし、先ほどからずっと哀愁を漂わせていた真鍮色の蓋を拾い上げた。そのまま部屋の奥へと進んでいく後ろ姿を自分も慌てて追い、我が家のリビングへ足を踏み入れる。
ひと月前の状態だと、机と椅子が中央に整えられていて、周囲に並ぶ本や調度品が居心地の良い空間を提供していた。今は……見渡す限りあちらこちらに物が散乱し、机と椅子の姿どころか、更に奥へ進もうとする足の踏み場を見つけ出すことすらままならない。
うーん……我ながらこの状態になるまでよく放置できたものだなと、ある意味感心してしまう。親友に指示を仰ぎながらまずは机を掘り起こし、床に積み上げられた本をシリーズごとに分けていくことにした。
「最近忙しかったのは知っているが、この状態では普通に生活できないだろう……」
「まあなー……本当、今日は来てくれて助かったぜ……」
確かにここ最近は忙しい日々が続いていて、ついつい家事を疎かにしていたツケが少しずつ回ってきていた。このままでは日常生活すら困難になってしまうと、仕事終わりに必死に頼み込み、今日自宅にやって来てもらったのだ。
帰りの道中でさんざん説教を受けた後にはなるが……小言を呟きつつも何だかんだ手伝ってくれるあたり、友人の方こそ本当に昔から変わらないなと思う。
神学校で出会い、寮の生活で多くの行動を共にして。ジャントールと過ごしながら毎日を積み重ねていくことを快く思うようになって……神仕になることを目指すようになったんだよな。
それと同時に、時を重ねるごとに友情の念がいつしか思慕へと変わっていたのは、そう遅くもなかった。それほどまでに、あの頃は一緒に過ごすことがとても当たり前で――大切な時間だった。
……けれど、そんな友人には想い人がいて。こちらとしては不幸なことに既に相思相愛だったのだから、横槍を入れることすら躊躇われた。だからこそ、気づいてからは自発的に友人たちの仲を取り持ち、自分の恋情は錘をつけて心の奥底へ沈めた。ルームメイトであり、気の合う友人である関係に甘んじる、という選択をしたのだ。
二人が幸せであればそれでいいなんて、結局は偽善だったのかもしれないけれど。
なんてことはない……要するに、当時の俺は臆病なだけだったのだ。
妻が亡くなった直後の友人は、正直見ていられないほどだった。
仕事場へ向かう時に視界に入るのは、滲む涙すら枯れ果てて憔悴した目。気を紛らわすように病的に仕事に打ち込み、生気が抜けたように帰っていく姿は――死んだように生きている、という表現がぴったりなほど、日々を無為に過ごしているようだった。
……無理もない、あれほど互いに想い合っていた、かけがえのない存在を失ってしまったのだから。
そんな中で、当たり前の生活の楽しさを教えてくれた親友に何かできることはないかと、彼の家に訪れては身の回りのことや娘の世話を手伝うような日々を送っていた。……最も、家事の苦手な俺ではほとんど役に立てなかっただろうけど――その都度立ち回る姿に昔の友人らしさが見え隠れして、その様子に少しだけ安堵していたのは覚えている。
時間の流れとともに、ジャントールの様子は徐々に落ち着きを取り戻してきたものの……不器用な性格はさらに拍車がかかり、愛娘とのコミュニケーションさえ満足に取れない始末なのは参った。だから定期的に訪問することは続けることにして、今度は親子の仲を取り持つことを目的にしてたんだったな。
――それでも。何度輝石祭が巡ってきても、彼の胸に抱かれた最愛の人の遺物は手放されることはなかった。お互い神仕としての立場にいる以上、輝石祭が訪れる度に話を持ちかけていたけど……悲し気に笑う友人の姿を見ると、それ以上何も言えなくなってしまっていて。
その度に、また次の年にも同じことを聞いて、同じ顔をさせてしまうんだろうな、なんて思っていたんだ。
そう……今年の輝石祭までは。
今でも親友に対する気持ちに変わりはないが、想いを伝えようとは考えていない。この気持ちを伝えなくても一緒にいることはできるし……こうしてお互いの日常を共有できるだけで、俺は十分報われているんだ。
それにさ、お前は気づいてないかもしれないけど。
たまに漏らす【過ぎた友人】って表現、他の奴には使ってるところを見たことがないんだよな。
ジャントールはその言葉でしか表すことを知らないんだろうが……それって、俺の言葉なら【親友】って呼んでるものなんだぜ?
目の前の想い人には俺が恋愛感情を抱いているなんて微塵も伝わっていないけれど――それを抜きにして、お互いが同じ気持ちを相手に対して抱いている。
これほど幸せなことがあるだろうか。
溢れる思いを堪え切れなくなって、つい声に出して大きな笑い声を洩らしてしまった。数冊の本を手に取ったまま、怪訝そうな表情を浮かべてこちらを見つめる親友に改めて笑いかけ、心からの感謝を部屋全体に響き渡るような声量で伝えることにした。
「本当にいつもありがとな、ジャントール!」
了
想いの形は色々あるので、こんな妄想を。両想いも好きだし、片思いも好きなので……今回は片思いで。
気遣い屋の彼だからこそ、選んだ答えなのかもしれません。それでも、本人が幸せならばOKなのです。