zucca

朝と夜の導き手

アロイス邸にて  ※アロ→←シエ



  「アロイスさんは夕焼けの色だよぅ」
 可愛い弟子と――その子にとって大切な幼馴染との会話がするりと耳に届いたのは、朗らかな声音で発せられた言葉の中に自分の名前が含まれていたからだろう。
 今日は朝から随分と慌ただしかったから、暇なくペンを走らせていた手がようやく落ち着いたと感じる頃には太陽が地平線へ向けて緩やかに傾く時間に差しかかっていて。仕事の休憩と気分転換を兼ねて客間へふらりと足を運んでみたところ、アカデミーから帰路に着いた二人が議論に花を咲かせている現場に遭遇した……という訳なんだ。

 ルー君達はしばしばこうやって、今日学んだことの復習や課題の相談――時には創作魔法の構想なども――あれこれと語り合っている。今日もまた勉学に励んでいるようで、僕が部屋の中に立ち入ったことにも気づいていないようだ。驚かせないように彼らの位置から見て真正面へ足を進め、一層賑やかな空気を放つ二人の近くに歩み寄る。
「僕は夕焼けの色、なのかい?」
「あっ、アロイスさん! こんにちはだよぅ」
「師匠、こんにちは。先ほど戻りました」
 挨拶のため慌てて立ち上がろうとする二人を両手で緩やかに制し、僕も向かい側の椅子にゆるりと腰掛けることにした。
「やあ、二人ともこんにちは。今日は一体どんな話をしていたんだい?」
 興味を引かれたこともあり詳細を問いかけてみると、身近な色を題材にした課題について意見を交わしていたのだと言う。僕が夕焼け色だ、というのもそこに繋がるようで。
「アロイスさんの髪、夕方のお空みたいに優しくて綺麗な色だもの。すごくぴったりだよぅ」
「僕は夕焼けって、夜が訪れるまで周りを柔らかく包み込んでくれるイメージです。そんなところが師匠に似ている気がします」
 思い浮かべた理由はそれぞれ異なっているものの、お互いに同じ結論へ辿り着いたようだ。
 課題に対して真剣に取り組んでいる二人に、他の意図は全くないんだろうけど……こう、自分自身の印象を面と向かって伝えられるような機会は大人になるとそうそう経験することもなく、何だかこそばゆい。
「そっか、ちょっと照れちゃうなあ……。ありがとう」
 くすぐったいような気持ちを胸中に留めつつ、話題転換がてら近頃のアカデミーについて話を聞くと、相も変わらずの日常のようだ。二人から伝え聞く数々の出来事に、学生時代の思い出が脳裏にじわりと呼び起こされる。記憶につられて頰が少し緩むのを感じながら、弟子達との歓談を暫く楽しむことにした。


 今日は他の課題も沢山あるのだと嘆く二人の前には、机の上いっぱいに広げられた書類の海。様々な文字や記号が整然と並ぶモノクロの大海原に次々と視線を滑らせ、頭を抱えながら考えをまとめ始めた二人の傍を静かに離れて自室へ戻ることにした。
 会話の余韻を味わいつつ悠然と足を踏み出しながら、先ほどの課題についてぼんやりと考えを巡らせてみる。

 ……夕焼けの色、かあ。
 僕は昔から、優しいとかおっとりしているとか称されることが多い。もちろん自分自身でもそういった気性であるのは認識しているけれど、彼らから述べられた表現はとても新鮮だった。
 折角だから……僕も、他の身近なものの色合いでも考えてみようかな。
 一呼吸置いて廊下の端で足を止めると、ちょうど左隣の窓から入り込んだ風がふわりと顔を撫でていった。涼しさと心地良さに誘われ、ガラス扉の縁に片肘を預けながら視界に入る風景をゆっくりと目で追う。
 薄暗い色相に近づきつつあるとは言え、この時期の夜空は穏やかに暮れる。まだ茜色に支配された大空と、光に照らされて橙色に染まる庭の木々が視界いっぱいに広がる中……ふと意識にのぼった友人の色彩をぽつりと呟いた。
「シエラは朝焼けの色、かな……」
 夜から朝へと誘う淡い陽の光。その日の天気の始まりを告げるけれど、その後の天気については一切保証がない。――例え朝は雲ひとつない快晴だったとしても、昼から突如どしゃ降りの大雨に変わることだってあるのだから。
 彼女の長い髪は朝焼けのきらきらとした陽光に似ているし、何より……その日の天気を振り回す性質というのも、猫のように自由奔放な彼女らしいと思う。これまたしっくりくる表現だ。
 
「人の名前を呼んだかと思えば、一体何の話かしらん?」
 外から差し込む紅色の光が一瞬陰ったかと思うと、次に降り注いだのは馴染み深い声。下に傾けていた顔をそのまま上へ滑らせると、脳裏に浮かんだ張本人が優雅に宙を漂いながらこちらを見つめ返していた。

 お国柄、移動用の魔法だってあるのだから急に現れたとしても不思議なことではない……ただ、彼女の場合は正に神出鬼没。仕事中にふらりと来たかと思えば差し入れをぽんと置いて知らないうちに帰っていたり、自室に突如姿を現しては他愛のない雑談をつらつらと交わすことも日常茶飯事だ。そんな訳で予想もしない来訪には慣れている方ではあるけれど、流石に話題に出した直後で対面することになるとは正直目を丸くした。
 なるべく平静を装いながらも、まずは挨拶を交わすことにする。
「やあ、シエラ、こんにちは……いや、そろそろこんばんは、かな?」
「まだこんにちは、でいいんじゃないのん。それより何よ、さっきのは?」
 返答と共に訝しむ語気で質問を投げかけられる。どうやら口から零した言葉をしっかりと拾われていたようだ。ひた隠しにする理由もないし、ここは素直に話しておこう。
「ああ、ルー君たちの課題の話だよ。二人によると、僕は夕焼けの色なんだって」
「ふぅん。……まあ、あなたらしい色よね」
 成る程、シエラから見ても僕は同じ例えになるらしい。
 それと……気が乗らない時だとここまで耳を貸してくれないはずだから、今日は会話に付き合ってくれる気分なんだろう。
 この辺りのさじ加減はあえて触れなくても自然と感じとれるようになっていて、長年の付き合いが成せる業だ。
 それならばと、続けて自分の考えも伝えてみることにした。
「それで、僕ならシエラは朝焼けの色だと思うなあって。髪の色は朝の光に似ているし……あと、天気がころころと変わるところとか、君の気分屋な面にも近いんじゃないかな」
「まあ、失礼ねぇ。否定はしないけど」
 ……おや。てっきり文句の一つや二つでも返されるかと少し身構えていたけれど、予想が外れた。それどころか、軽く笑みを浮かべるほどに本日の彼女は上機嫌らしい。……何か良い事でもあったのかな。
「それに――」
「それに?」
「……いや、何でもないよ」

 君が朝焼けで僕が夕焼け。対照的だけど、ずっとずっと同じ組合せで毎日を迎えられる関係、なんて。
 ……少しばかり自惚れても良いのかな、と感じたんだよ。

「ねぇ……言いかけたのなら、最後まで話すべきじゃなくって?」
 僅かな逡巡の間に先ほどの様子とは打って変わり、目の前の友人は眉根を寄せてあっという間に不機嫌なオーラを纏う。天気に例えると今すぐにでも夕立ちが降りそうな雰囲気だ。……本当に天気が様変わりしたようで、思わずくすりと笑いを洩らしてしまった。
 さて、次はどういう表情を見せてくれるかな、と密かに楽しさを覚えながら……僕の振る舞いを見て更に片頬を膨らます彼女に、今後の進展に期待を込めた台詞を思い切って告げてみることにした。


 友人に贈った小説です。
 この二人も対照的なペアで書くのが楽しい。きっと色んなシチュエーションで両片思いのやりとりしてるんだと信じてます。