zucca

春の贈り物

シエラとアロイス、花畑で出会う話  ※アロ→←シエ



 春は明るい気分にさせてくれるから好きよ。創作魔術や魔道具のアイデアも次々に湧いてくるし、普段より足取りが軽くなる気がするのよね。
 だから、こうやって見知った相手の屋敷を訪問したのも――いつもの気まぐれと、春の陽気の所為だったのよ。

 昼を過ぎた頃だと、あいつは自室で仕事に取りかかっていることが多いから……今日もそのパターンかしらん。
 慣れた所作で空間移動の魔法を使い、座標を合わせて発動する。到着後の景色は狙った通りの場所だったけれど……肝心の相手はそこに居ないようで、部屋の中は灯りもなくしんと静まり返っていた。
 折角来たのだし、このまま帰るのは何だか面白くないわね……。
 扉を開けて部屋の外へ出てみると、正面の応接間に見覚えのある姿を捉えた。
 いつも眉間に皺を寄せている一番弟子は、こちらにちらりと一瞥を向けた後、すぐさま机周りの掃除に精を出している。
「貴方がここに来るなんて珍しいですね」
「いつ来ようが私の勝手でしょ?」
「まあ、それはそうですが……。あの、どこかで師匠を見かけませんでしたか?」
 手を動かしながら投げかけられた質問に、思わず首を傾げてしまった。
 てっきり、この子なら行き先を知ってると思ってたけれど。弟子に居場所を言わずに出かけるなんて、あいつにしては珍しいわね。
「部屋にはいなかったわ。行き先も知らなくてよ」
 こちらの返答に彼は少し肩を落としたようだったけれど、気を取り直して再び清掃の続きを進めていた。
 私としては、ここにアロイスが居ないなら留まっていても仕方ないわね。ちょっと気になる節もあるし、町の方でも見回ってみようかしらん。
 ついでに、最近暇つぶしに作った探し物探知の魔道具も起動させて……と。
 掃除に勤しむ彼への挨拶もそこそこに、目に付いた窓を開けて屋敷の外へふわりと飛び出した。

 春の穏やかな空気を感じながら、普段よりゆったりとした速度で町の方角へ向かう。
 日差しも風も適度に感じられて、空を散歩するには快適な日ね。
 地平の奥で町並みが徐々に見え始めた矢先……手前の花畑付近で、傍を浮遊していた魔道具が突如点滅し始めた。光が強くなる向きを確認しながら、少しずつ高度を下げて地面へ降り立つ。
 この一帯は背丈の高い花が広がっていて、屈んでいると花に埋もれてしまいそうだわ。
 魔道具の光を頼りに注意深く辺りを見回してみると、ようやく探し人の後ろ姿が目に入った。そっと背中側から近づき、声をかけてみる。
「アロイス。一体何をやっているのん?」
「うん……? やあ、シエラ」
 背後から突然現れたというのに目の前の友人は驚く素振りもなく、普段のように柔らかな笑みを浮かべていた。下を向いて作業していたのか、髪や肩や袖口なんかに小さな葉っぱがあちこちくっ付いている。何だかアロイスらしいけど……その状態よりも、彼が両手に抱えたものに一際視線を奪われた。
 おそらくいつも身につけている帽子――よね。逆さにして、その中には色とりどりの花々が沢山詰められている。まるで大きなブーケみたい。
 引き寄せられるような鮮やかな色合いに、つい口から質問の言葉が漏れ出た。
「それは、何なの?」
「ああ、これかい? 屋敷の花にちょうど良さそうかなって。用事を済ませた帰りにたまたまここを見つけたんだ」
 帽子の縁から零れ落ちそうなほど溢れた花弁たちは、アロイスの腕の中でゆらゆらと心地良さそうに揺れていた。
 そういえば……飛び立つ前、廊下の隅に空っぽの花瓶が置いてあったわね。
「袋を忘れてしまったけど、こうやって持って帰ろうかと思ってね。もしかして、何か用事でもあったのかい?」
「私は別に大した用じゃないけど。あなたの弟子が探してたわよ」
「ああ、ルーくんに出かけること言いそびれてたなあ……。そろそろ帰らないと」
 アロイスはゆっくりと立ち上がると服の裾を手で軽く払い、簡単に身仕度を整えていた。
 ……まだ葉っぱが髪に付いてるけど、面白いから内緒にしとこうかしら。
「ねえ、シエラ。この花、覚えてる?」
 そう言って掌にぽんと乗せられたのは、満開に咲いた黄色い薔薇。魔法学校では友情を示すもので、学生時代は何かの折に友人から貰った記憶がある。――勿論、アロイスからも、ね。
 でも、素直に答えるのは癪だし……ちょっと捻った返答にしちゃいましょ。
「あなたに貰ったのは、もう少し蕾の状態だったわ」
「ふふ、そうだね。これは昔のシエラにあげた花だけど……今のシエラには、こっちをあげたいなあ、って」
 続けて差し出された花は――真っ赤な薔薇が三本。思いもよらない花の種類に、内心平静さを失いそうになった。
 ……意味、分かってやってるのかしらん……。
 濃い赤色の薔薇を三本。その花言葉は愛の告白を表すもの。
 相手の意図を探ろうと、じっと見つめてみたけれど……表情は変わらず、普段通りのままだった。値踏みするような視線を向けたまま、静かに問いかけてみる。
「……何で、この花なのかしらん?」
「そうだなあ……シエラには赤が一番似合うし。こんなに沢山あるから、一本だけなんて勿体ないかなと思ってね」
 相手の返答には、愛を示すような深い意味は含まれてなくて――安堵と、少しばかりの空虚さが胸中に拡がった。

 アロイスは……昔からこの調子ね。
 春の陽気のように、いつも柔らかくて暖かな光を纏いながらも、芯では意思の強いところがある。そんな彼だからこそ、傍にいると居心地良く感じているのは事実で。
 ――同時に、自分の中に赤い薔薇のような感情を秘めているのもまた事実なのだけれど。

 告白なんて……私の柄じゃないもの。
 今日はとりあえず、黄色い薔薇から仮初めの赤い薔薇に変わっておこうかしら。
 この花は純粋な好意からなのだと判断し、差し出されたままの花たちを受け取ろうとしたとき――穏やかな笑みで、ぽそりと囁かれた。
「ちなみに……僕も、この花言葉は知っているよ」 
 花言葉……って。つまり、その意味は。
 理解した瞬間、顔一面が目の前の花弁のように真っ赤に染まったのが自分でもよく分かった。
 これじゃ、今受け取ってしまうと……告白の返事みたいになるじゃない!
 差し出そうとした手をさっと引っ込め、相手に勢いよく背を向けて大声を張り上げる。
「……私より先に屋敷に戻れたら、受け取ってあげても良くってよ!」
 そのまま振り返らずに急上昇で空へ上がっていく。視界の端で、アロイスの髪に引っかかっていた木の葉がひらひらと舞い落ちるのが見えた。

 熱を持った頰が少しでも落ち着くよう、全速力で風を受けて屋敷に向かう。
 普段と変わらない様子で、時々こういうことをする……。アロイスは私限定で災厄級に心を乱してくるのだから、本当に読めない。
 屋敷に着いたら……その花言葉、詳しく問いただしてやるんだから!


 友人に贈った小説です。
 師匠は基本穏やかだけど、時々押しが強いと思ってます。不意にシエラちゃんをドキドキさせていてほしい。