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Halloween Alice 本編

3 双子のダム・ディー

 衝撃的なあの契約の後……ひとまず落ち着ける場所にと思って、魔族地域を出たのは良かったけど。移動の最中に、そもそも契約してから丸三日は契約破棄できないのだからと相手に諭されたこともあり――お試し期間として三日間一緒に過ごすことに決めた。有効距離の短さのせいで若干冷静になれていなかったこともあって、その点だけはあいつに感謝している。

 ヴァーレンハイトと行動をともにし、日数を重ねるにつれて分かったことがいくつか増えた。
 まずは血の提供の話。血の提供といっても、こちらが痛い思いはほぼしなくて良いということ。確認したところ、血を栄養源とする魔族はあくまでも主食が血というだけで、一般的な食べ物からの栄養摂取でも少し動く分には問題ないのだとか。また、ドラキュラなんかでイメージの強い吸血行為は双方に負担がかかるらしく、あたしの方で血を少量採り、倍化の術で増やしたものを渡すだけで良いって話だった。魔術で増やすだけなら針の先一滴あれば十分足りるし……正直これが一番心配だったんだけど、負担が軽い方法で済むのは助かった。
 そして、魔力関係の話。ヴァーレンハイトは二百年以上生きてる化け物クラスの魔力持ちだったってこと。そりゃ、あたしより十倍以上研鑽を積んだ相手に適わないのは当たり前よね……。これも、奴の強さの理由がはっきり分かって納得した。
 最後に、契約関係の話。長年生きてるって割に横柄な態度はなく、物腰柔らかで礼儀正しい。話し合えば分かり合えそうな性格だってのに……何故か、契約の解消は断固として受け入れてもらえないこと。ここ二日間の話し合いの中で向こうからの提案でもお互いの利点を的確に並べられたし、こちらの得な部分も十分理解できた。確かに都度出されるお菓子はどれも文句なしに美味しいし、提供される紅茶とのバランスだって毎回絶妙かつ最高。だからこそ有効距離の短さが目立ち、どうしようもなくもどかしい。

 その上で、今日まで考えた末の結論はこうだ。
 自分から契約解除ができない以上、あたしに出来る方法は二つ。一つは相手より魔力を上げて契約の主導権を握り、自分の手で解除すること。もう一つは何とかして有効距離を伸ばす方法を探し出し、快適に過ごせるようにすること。
 前者の場合、魔力で負けてるのは魔女を職業とする身としては非常に悔しいんだけど……あたしが人間である以上は年数的にも敵うわけないし、何より具体的な解決策が思い当たらない。
 ひとまず後者の方で有効距離を伸ばすことを第一にするしかない、かしら……。

 そして、今日は遂にお試し最終日を迎えた訳だけど。おそらく、もう少ししたらヴァーレンハイトから声が掛けられるはずね。
 彼の一日の時間管理は、その身だしなみのようにきっちりとしていて無駄がない。この二日間のスケジュールは、緻密に計算され尽くしたかのように時間に正確だった。
 昼食を終えて一息ついたあと、時計の針がちょうど三時を指し示す頃に宿屋のドア越しに声を掛けられ、彼の部屋に迎え入れられる。事前に用意されたお茶会用の椅子に座り、机の上に広がるスイーツテーブルを吟味して、目に付いたお菓子から順番に舌鼓を打つ。もちろんどれも美味しいのは、前日までの経験で確実に予測できるのよね。
 相手の格好さながら、まるで執事から手厚いサポートを受けている気分だ。ヴァーレンハイトの時間感覚の正確さは、長く生きている生活スキルが為せる業なのかもしれないわね。

 ベッドの上で天井を仰ぎながらぼんやりと考えを巡らせていると……あたしの記憶通り、隣接する扉からノックの音が響いた。ぱっと飛び起きて扉の前へ向かい、開いた先に待ち構えていたのは微笑を浮かべたパートナーと、奥に控える準備万端のテーブルセット。そのままエスコートを受け、椅子に腰掛けて昼食後のティータイムを嗜むことにした。


 一口サイズのシュークリームを頬張りながら、着座とともにポットから注がれた淹れたての紅茶を口に運ぶ。濃厚だけど口当たりが重くならないように仕立てられたカスタードは、上部に薄くパイ生地が乗せられたさくさくのシュー皮とちょうど良い。更に香り高い茶葉がお菓子の甘さを引き立てていて、今日も素晴らしい逸品だ。
 中央に鎮座するスイーツテーブルから次に口へ運ぶお菓子を嬉々として取り分けながら、目の前に座る青年の仕草をちらりと目の端で盗み見る。 ヴァーレンハイトはそれほど甘いものに興味がないらしく、お茶会で口に運んでいるのは大体プレーンスコーンとかの甘さ控えめなものとかサンドイッチなんかの軽食系ばかりだ。こんなに美味しいお菓子が作れるのに不思議だと思って尋ねてみたら、どうやら調理するのは好きだけど、作ったものは自分で消費するより他人に振る舞う方が楽しいのだとか。そもそも主要な栄養源にならない以上、料理自体が嗜好品のような感覚なのだと話していた。
 そんなわけで、このテーブルの上に鎮座しているお菓子たちも、ほぼ全部あたしの胃袋に収められるんだろうな。昨日までだって相手側に用意されていた分まで言われるがまま譲り受けるばっかりで……味への不満は全くないから断るのももったいないし、つい甘んじていただいてしまっている。美味しいスイーツがたくさん食べられるのは嬉しいけど、餌付けされているような気がして少し複雑な気分だ。

 風通しのために開けた窓の隙間から、表通りの賑わう声が自然と耳に入ってきた。空の様子を見る限り今日は天気も良さそうだし、絶好の外出日和になりそうね。窓から差し込む柔らかな陽光を受けて、ヴァーレンハイトの髪は砂糖菓子のように淡く眩い光を放っていた。
 ティーカップを口に運ぶだけで様になる佇まい、透けるような白銀の髪色、頭から足の先まで整えられた清廉な身なり。長寿の魔族は美男美女が多いって聞いたことがあるけど、ここまで強烈な美形はなかなか見たことがないわね。
 階級の高い魔族は変人揃い――経験談として知っていたからこそ、意志疎通を図る会話が成り立つ相手ってだけで、かなりマシな方なのよ。ツいているのは確かなんだけど……。
 有効距離さえ何とかなれば、なあ……。
 皿の上にぽつんと残された最後のシュークリームを口に放り込んだあと、頭に浮かんだ思考につられて小さくため息を漏らしてしまった。どうやら向かい合う青年の耳にも届いたようで、カップに向けた視線はそのままに静かに口を開く。
「そんなに私との契約が嫌なのですか」
「あんた自体が嫌なんじゃなくて、有効距離が短いことが嫌なのよ! あたしができることはあんたより魔力を高くして契約解除するか、有効距離を伸ばす方法見つけるかの二択ね」
 あたしの剣幕に押されることもなく、ヴァーレンハイトは穏やかな笑みを浮かべたままゆったりと聞き返してきた。
「成る程……それで、いかがでしょう。結論は出ましたか?」
「……二択のうち、片方が現実的じゃないってことくらい分かってるわ。あたしがこれから考えるのは、有効距離についての解決策ね」
「賢明な判断だと思います。では引き続き、契約継続ですね」
「……そういうことになるわね」
 ここ数日間一緒に過ごしながら注意深く観察してみたけど、ヴァーレンハイトの表情は基本的に同じだ。終始人当たりの良さそうな笑みを纏っていて、どんな感情を抱いているのか、何を考えているのかが全く判別できない。
 今も相手の顔色は特段変わってないけど、心なしか機嫌良さそうに見えてきた。こいつの手の内に上手いこと乗せられてる……そんな感じだわ。対照的に自分が今、苦虫を噛み潰したような顔をしているのが鏡を見なくてもありありと分かった。

 ……とは言え、こんなことでイライラしてても仕方ない。まずは当面のやるべきことの整理と、お互いの情報共有が先決ね。
 それと……自分が意外と負けず嫌いな性格なのは自負している。盤面をひっくり返すには難しい状況だろうけど、契約の主導権を握ることも水面下では諦めてはいない。この状況を打破するためにも、仕事の合間に有効距離についての情報収集とか、魔力の研鑽なんかが必要になりそうね。
 取り急ぎ……何日か家を空けてたから依頼もいくつか来てるだろうし、一旦仕事場に戻るのが最優先かしら。ちょうど食べ終えたことだし、紹介を兼ねて帰るとしましょうか。
 そう心に決めると、お菓子のいた形跡が消え失せた皿の上に握っていたフォークを静かに置き、椅子から勢いよく立ち上がって相手の顔をじっと見つめた。
「ヴァーレンハイト、ついてきて。契約も続行するんだし、改めてあたしの仕事を紹介するわ」


 宿屋を出てすぐさま空間移動の術を使用したあと、たどり着いた商店街の合間を縫うように店舗通りへ向かった。大小様々な店が立ち並ぶ街道沿いはいつでも活気に満ち溢れていて、道を通り抜けるだけで元気を分けてもらえるような心地良さがある。真っ直ぐ進んだ先に架かっている灰色の石橋を渡り終えると、魔術関係に縁の深い魔法店通りが少しずつ見えてきた。
 すたすたと淀みなく歩を進めながら、橙色の三角屋根に魔女とキャンディの看板を掲げた一軒家の前で足を止める。数日ぶりの仕事場は外からだと何も変わっていないように見え、やっと帰って来たという安堵の気持ちが胸中をじわりと満たしていった。
 玄関先で一度立ち止まり、取り出した真鍮製の鍵をくるりと回して扉を開ける。先に同行者を招き入れてから自分も家の中に足を踏み入れ、すぐ横に取り付けられた木製のポストの蓋を手前に引き開けた。風圧を受けて、入り口付近に積み重なっていた封筒たちがひらひらと落ちてくる。
 厚みを見た感じ面倒な依頼は少なそうだけど……家を空けていた分、いつもより少し件数が多そうね……。
 大小様々な封筒の束を両手でかき集め、そのまま廊下の奥へと進む。ヴァーレンハイトはあたしの様子を静かに眺め続けながら、遅れずに半歩後を付いてきているようだった。

 手が塞がっているため体全体で押すように扉へもたれかかると、後ろからさっと手が伸びてきた。パートナーの助力を借りながら開けた先には、外観と同じく変わらない――使い慣れた仕事部屋の景色が広がっていた。両側の壁に沿わせて配置している棚にはシンプルな形状のガラス瓶と試薬用の材料が整然と並んでおり、一目で在庫が管理できる便利な仕様だ。扉から一番奥の壁に設けている釜戸には調合用の薬品鍋が置いているけど、家を空ける前に作り終えたから今は空っぽ。帰宅したついでにと水を半分ほど注ぎ、魔術で出した弱めの火にかけておくことにした。
 ある程度荷物を整理したところで、フロアの中央に据えてある正方形のテーブルの机に足を進める。先日の調査の名残で乱雑に広げていた魔導書を素早く手元に回収し、机の上を広く開けて客人にソファへ座るよう促した。
 相手が席に着くまでの間に、あたしは試薬棚の引き出しから木製の小箱を取り出すと、皮袋に仕舞っていた銀のペーパーナイフを二本手に握る。
「とりあえず、封筒を開けるのを手伝ってくれる?」
「承知しました」
 封筒の束をおおよそ半分くらいに掴み分け、ペーパーナイフとともにパートナーへ差し出す。相手が受け取ったことを確認するとそのままソファに向かい、お互い腰を据えて開封作業に取りかかることにした。


 薬品鍋の蓋がふつふつと揺れ動く音と、ペーパーナイフを動かす硬質な音。紙が擦れながら開かれていく音が静かな部屋に響く中、ようやく最後の一通を開き終えた。対面に坐した相手の様子を目線だけで確認してみると一足先に開封作業を終えていたようで、テーブルの中央に積み上げた依頼書の山にざっと目を通していた。おそらく読み進めた手紙の最後の部分で、用紙を摘まんだ手がぴたりと止まっている。……珍しい文言が目に留まったようね。
 それもそのはず。大抵依頼書の締めの文章にはタルトやマフィン、ケーキなんかのお菓子の品目が並んでいて。あたしにとってはこの書式が普通なんだけど、相手にとっては初めてだからか……浮かべた微笑は変わっていないものの、不思議そうに読み進めているような気がした。
 書類に視線を向けたまま、徐に口を開いたかと思うと問いかけられる。
「こちらは……依頼料、ですか?」
 少ない情報でよく答えを導き出せたなと、相手の聡明さに舌を巻いた。
「……そうよ。あたし、仕事の報酬は主にお菓子で請け負ってるの」
「もし宜しければ、理由をお聞きしても?」
 別に隠してるもんじゃないし、ここは素直に答えときましょうか。
「そうね……。あたし、昔から魔力が高い方で……小さい頃は姉さんの魔力が低くて、よくお手伝いをしてたのよね。そのお礼にお菓子を分けてもらってたんだけど、これがまた美味しくて!」
 昔は姉さん相手に、魔術を使って色んなことをやり遂げたっけ。
 失くした積み木のパーツを家中探したり、逃げる風船を風の術で捕まえたり。今思い返せば些細なことが多かったけど、その度一緒に食べるおやつの時間が楽しかったし、何より――普段よりも格別に美味しかった。脳裏によぎった思い出につられて、少し頬が緩むのを感じる。
「普通に食べるお菓子も良いけど、手伝った時のお菓子って自分以外の人の気持ちも乗っかってる分、何となく嬉しい気分になるでしょ。だから、基本的にお礼はスイーツ専門で請け負ってんのよ。あー、もちろん仕事なわけだし、難しい案件や依頼なんかはお菓子の他にもいただくようにしてるけどね」
 我ながら単純な思考回路だと思うこともあったけど、誰かの役に立つというのならこのスタイルで身を立てることに抵抗はなかった。ついでに……魔女という仕事を始めて知ったのは、お菓子での報酬制度なら、まとまったお金が用意できない依頼主にもありがたがられるということ。仕事の出来も相まって周囲の評判も上々らしく、おかげさまで依頼も定期的に舞い込んでくる。内容は多岐に渡るし、難易度によってはお菓子以外も用意してもらっているから、今のところ生活に困窮することもなく上々だ。
「巷ではあたしのこと、お菓子狂いの魔女……ハロウィンアリス、なんて名前で呼んでるみたい。まあ、どんな呼ばれ方してたって、あたしがお菓子大好きなことに変わりはないから良いんだけどね。たっぷり持ってる魔力も活用できるし、お菓子も報酬に貰える。あたしにとっては天職だと思ってるわ!」
 話しているうちについ熱が入り、両手で拳を作ったまま力説してしまった。正面に座っているパートナーは相変わらず穏やかな笑みを浮かべて、こちらの演説を静かに見守っていた。
「あなたはお菓子のことになると情熱的になりますね」
「そりゃ、お菓子はあたしにとって生きがいだもの! あんたにもそういうものの一つや二つ、あったりするでしょ?」
 聞かれっぱなしも何となく癪な手前、お返しに質問を投げかけてみる。パートナーは腕を組み、少し考え込む素振りをとったかと思うと……面白味のない答えをあっさりと返してきた。
「近頃はあまりありませんね……。やはり、不思議な方です」
「……あたしにとってはあんたの方が不思議だけどね、ヴァーレンハイト」
 悟りでも開いてるかのような無欲さは、種族の違いなのか、それとも考え方の違いなのか……。あんな辺鄙な場所に居たことといい、あたしのことを不思議だと称するヴァーレンハイトだって大概変な奴だと思うけど。折角だからと、こちらも内心気になっていたことを問いかけることにした。
「ついでにあんたのことも教えてよ。何であたしと契約する気になったの?」
 パートナーは顎に軽く手を当てたまま、こちらを真っ直ぐに見つめてきた。笑みを讃えている細めた目から、かすかに赤い光が漏れ出ている。数日前、勝敗がついたときの記憶を呼び起こされ、胸中に渦巻いていた疑問の念がじわじわと膨らんでいった。
「まあ、一言で言えば……興味、ですね」
「興味? それって一体どういうことよ」
「あのような危険な地域に身一つで来た人間が、一体何を求めているのかと思いまして。蓋を開けてみればお菓子のことしか頭にない方で、正直驚きましたけど」
「あぁ? 馬鹿にしてんの?」
 喧嘩なら買うわよ、とばかりに相手を睨み付けたけど、宥めるように両手をひらひらと横に振られるだけだった。
「いえ、ちっとも。まあ、面白そうでしたし協力するのも良いかと思ったんです。私の場合はペナルティを受けてもそこまで痛手ではありませんし……契約を結ぶのも久方ぶりでしたので」
 相手の台詞を聞いてまた一つ、あたしと根本的な違いがあることに気づかされた。
 あー、そっか。ヴァーレンハイトは制限型だものね。

 ペナルティは制限型に課せられたもので、呪いで示された内容に反した行動を丸一日とると、きっちり二十四時間発動する追加の体質だ。確定型のあたしには全く縁がないけれど、ペナルティの内容も人それぞれ違うみたい。
 ヴァーレンハイトのペナルティ、一体どんな内容なのかしら……。聞いたついでに興味本位で尋ねてみる。
「そういえば……あんたのペナルティって何なの?」
「今はまだ、秘密にしておきます。その時が来てから説明した方が面白いでしょう」
 あたしの質問も意に介することなく、含みのあるような微笑で軽く流された。そもそも……この隙のないパートナーは上手く立ち回りそうだし、ペナルティを食らうような事態に遭遇するかは正直疑問が残る。
 恨みがましい視線を送ってみても、ヴァーレンハイトの素振りは変わらない。平行線を辿るような会話を暫く繰り広げたところで、この場では求める回答が手に入らないことをそれとなく察した。
 こう見えて意外と頑固なのよね……。
 答えの得られない押し問答を続けるのも何だか馬鹿らしくなり。ふん、と鼻を鳴らして、大人しく卓上に広げた依頼書の束に目を通すことにした。


 依頼書の内容をざっと確認した後は、大まかな優先順位をつけて依頼主に連絡を取っていく。届いていた依頼書の整理と試薬の調合は何とか終わらせたことだし、デスクワークの息抜きと必要な備品の調達に、仕事場の周辺を散策することにした。
 ついでに顔馴染みの店へ立ち寄って同業者にも聞き込みを行ったけど、有効距離についての目ぼしい収穫はなし。今まで有効距離を伸ばす方法なんて考えたことなかったから、できるかどうかすら分かんないってのが正直なところね。
「有効距離を伸ばす方法って、意外と解決策がないのかしら……」
「もしくは……そう簡単にはいかないのかもしれませんね」
 お互いの意見としても、数日中に片がつく内容じゃないってことだけ明確になり。もっと調査範囲を広くする必要性を感じとった。

 ついでに商店街の方まで足を延ばし、店の前へ陳列された品物を何となしに眺めながら歩いていく。曲がり角のお菓子屋には整然と並べられたお菓子の列があり、目を奪われてつい立ち止まった。ショーケースの中できらきらと輝いた食べられる宝石たちは、どれも美味しそうで魅力的な代物だ。
 そういやここのケーキ、最近食べてないわね……。折角だし、戻ったらお茶でも淹れて休憩しようかしら。
 目移りする視界を端々まで吟味するよう、前のめりになりながらケースの中を覗き込んでいると……つんつんと、突然後ろからエプロンドレスの裾を軽く引っ張られた。思わず隣に並ぶ相手に懐疑的な視線を送ったけど、買い足した備品を目いっぱい詰め込んだ紙袋を両手で抱えたパートナーには、そんな行動がとれるはずもない。
 怪訝な表情を浮かべた矢先、鈴の鳴るような可愛らしい声が背後から響いてきた。
「「楽しそーだね、お二人さん!」」
 声の主を探すため、体を真後ろに向けて視線を少し下に落とすと……奇妙な格好の子供が二人、手を繋いで楽し気に笑いながらこちらを見上げていた。

* * * * *

「「こんにちはー、お兄さんお姉さん。僕ら双子のダムとディー。一緒に遊ばない?」」
 まるで知り合いのような距離感で人懐っこく話しかけてきた子供たちを、まじまじと観察する。背はあたしより頭一つ分低いし、さっきの声音からするとおそらく少女たちなんだろう。二人は頭から足の先まで鏡映しのように左右対称の格好をしていて、双子であることを印象付けているかのようだ。唯一違うのは片方が鮮やかな若葉に似た黄緑、もう片方が菫の花のような紫と、目が覚めるような髪色をしていた。
 そして、容姿で最も目を引くのは……体のあちこちが包帯でぐるぐる巻きになっているところ。例えるならミイラのような出で立ちで、服の裾から覗く首元や手首にも包帯が巻かれている辺り、かなり入念な装備っぷりね。ちなみに目までも包帯で隠れていてよく見えない。こんな格好で周りが判別できているのか、甚だ不思議だ。あたしの思考を察知したのか、目の前の双子たちはその場でくるくると回りながら楽しげに答えてくれた。
「「あ、僕たちの格好は呪いのせいだから気にしないでねー。体のどこかに包帯を巻いてないと、ペナルティで体が消えちゃうんだ」」
 こんなに風変わりな姿をしているのは、どうやら制限型の影響みたい。二人の話から推測すると、呪いの内容は【体のどこかに包帯を巻いていなければいけない】、ペナルティは【体が透明になる】ってことかしらね。
「「透明人間みたいで気に入ってるんだけど、家族みんなが心配しちゃうからねー」」
 どこかだけで良いなら全身巻く必要はなさそうだけど。あたしの視線が物語っていたのか、ころころと笑いながらこちらに近づいてきた。
「「だって、その方が面白いでしょー」」
 ……何とも子供らしい発想だ。まあ、本人たちが楽しんでるなら良いのかしらね。
「それよりも。あたしに何か用でもあるの?」
 わざわざ服まで掴んで気を引いてきたってことは、あたしに対して明確な用件があるはずだ。相手のペースに押し負けないよう、向こうの要望を確認する。
「「さっきの話聞いてたよー、有効距離についての解決策が欲しいんだよね? 遊んでくれたら良いこと教えてあげるんだけどなー」」
 ここに至るまでの息のぴったりなユニゾンボイスに感心を覚えながらも、二人からの申し出に開いた口が塞がらなくなった。
 今日あれほど調べて全く検討がつかなかった情報を、目の前の少女たちは持ち合わせていると言い放ったのだ。

 瞬時に、脳内でどう対応すべきか考えを巡らせる。見た目で判断するのは早計かもしれないけど、この子たちがそんな情報を持っているとは到底思えない。ただ、良いことというのが何を指すのかはまだ分からないし……ここまで自信ありげに振る舞われていると、よっぽど有益なものだという可能性も捨てきれない。
 悩ましい選択を強いられた状況に、隣のパートナーへ視線だけで問いかける。相手は変わらず、人当たりの良さそうな笑みを漂わせていた。
「私はどちらでも構いませんよ?」
 あたしの判断に委ねるという返答に、半ば無理やり賛成だと解釈することにする。ヴァーレンハイトからの承諾も一応得たということで、この誘いに乗ってやろうじゃないの。
「今のあたしには、少しでも掴める情報が欲しいし……分かったわ、受けてやろうじゃない」
 あたしの返事を聞いた後、目の前の少女たちは満足げにこっくりと頷いた。
「「そうこなくっちゃー。じゃあ、こっちだよー」」
 繋いだ手を機嫌よく前後に振りながら先導する二人の後に続き、大通りを外れて黄色の土で化粧された細道を辿っていくことになった。

 目的地はそう遠くもなく、質問を二、三度繰り返している間に到着した。ちなみに道中の問答のおかげでダムが紫、ディーが黄緑の髪色ということが判明して。やっと見分けがつくようになったのは、ひとまずの収穫かしらね。
 この辺りは一般的な住宅街で、住居がそびえ立つ中心には自然豊かな公園が広がっており、きちんと手入れされた花壇や大小様々な樹木が彩りよく並んでいる。
「「ルールは簡単、この公園の中に宝物を隠してるよー。それを見つけられたらクリアさー」」
「宝物? どんなものよ?」
「「見つけてのお楽しみさー。ヒントは一つ、それっぽい箱に入ってるよー」」
 探し物の大きさを表すかのように、それぞれが手振りで長方形っぽいジェスチャーをしている。二人の動きが正しければ、おそらく両手で持てるようなそこそこの大きさの箱……ついでに口ぶりも信じるなら、俗に言う宝探しゲームってことね。
 探し物なら仕事でも慣れてるし、ささっと見つけ出しちゃいましょ。

 双子からのゴーサインを合図に、ひとまず鞄の中に手を突っ込んで目ぼしい道具を漁り始める。あたしの動向が気になるのか、荷物を抱えたパートナーが背後からゆっくりと近づいてきた。
「この場合……どのようにして探すんですか?」
 物珍しそうにこちらの所作を注視しているようで、これから始める術に興味を示しているようだ。もしかしたらヴァーレンハイトの場合、有能すぎて失せ物を探し出す機会どころか、物を失くした経験すらないのかもしれない。相手にも伝わるようにと、術の概要を大まかに説明する。
「魔術で物を探す時って、対象物のイメージをしっかり持ち合わせてないと見つかんないのよ。まあ、今回は上手くいくはず……。流石にこんな住宅地で、宝箱みたいな形した物体はゴロゴロと転がってないでしょ」
 言葉を発しながら、やっとこさ指先に触れた星形のコンパスを握りしめて外に取り出し、胸の前に構えてふわりと手元に浮かべた。中心に刻まれた魔方陣に魔力を込めると淡い光が溢れ出し、在処を指し示すかのように一方向へ伸びていく。光の筋を手繰り寄せるかのごとく暫く歩き進めると、公園の端を囲んでいる植え込みの木陰に収束していた。
「……これ、かしら?」
 白い花がまばらに彩る低木の茂みの奥――光の中心目掛けて両手をそっと突っ込み、真っ先に手に触れた硬質な手触りのものを少しずつ引きずり出す。……おそらく、ビンゴね。
 宝箱と称するにふさわしいデザインをしたキャラメル色の箱は、大きさと重厚さに反して意外と軽く、あたしでも易々と持てる重さだった。そのまま二人の眼前まで抱えていき、相手に手渡して反応をじっと見守る。双子たちはあたしの周りをくるくると囲みながら、楽しげに宝箱を掲げていた。
「「正解ー! よく見つけたねー」」
 これだけ気前よく褒められるのは、正直悪い気はしない。そして、要望通り遊びに付き合ったのだから……有益な情報が得られることを期待したいんだけど。
「それじゃ約束通り、情報を教えてちょうだい」
「「おっけー」」
 気の抜けるような声とともにひらりと差し出されたのは、一通の封筒。白地に金の装飾が施されており、シンプルながらも品のある装丁だ。しかし、気になるのは……宛名はあたし名義になっているけれど、肝心の差し出し人は何故か目の前の少女たちの名前ではなかった。
 二人が用意したものじゃなさそうな辺り、相手の意図が分からず頭を捻る。
「これは……?」
 中身が、解決策を記したものってことなのかしら?
 向こうからの返答は、大層呆気にとられるようなものだった。
「「解決方法自体は知らないんだー。でも、賢そうな人は知ってるよー。これはその人から預かってきた依頼書さー」」
 まるで出来立ての綿菓子のような――何ともふわふわとした回答だ。つまり、結局目の前の少女たちは……あれだけ大仰に話していた割に、何も情報を持っていない、ということになる。
 事実を理解したことで一気に圧しかかってきた多大な徒労感と憤りを感じつつ、できるだけ語気を抑えて静かに問いただす。
「あんたたち、騙したのね……?」
「「騙してないよー、良い情報があるって言っただけだもん。おつかいのおかげでハロウィンアリスと遊べたし、僕たちは満足さー」」
 悪びれもせず堂々とした振る舞いには、怒りを通り越して逆に清々しさを感じてしまうほどだった。そして、満足げに笑い合う二人の口から自分の通り名が飛び出してきたことに、怒っていることを一旦置いておいて率直に質問を投げかける。
「って、あんたたち……あたしのこと知ってたの?」
「「そうだよー。だってアリスは有名だもん。もちろん僕たちからのお礼も用意してるよー。ほらっ!」」
 少女たちは宝箱の蓋を勢いよく開けたかと思うと、中に収められていたものを手に取り、こちらに向かってぽんと投げてきた。下からだとよく分からないけど、丸い物体が放物線を描きながら宙を舞う。落とさないよう、寸でのところで両手で受け止めた。
 これは、オレンジ大の――ずっしりと重みを感じる爆弾の玉だ。不意に登場した危険物に思わず遠くへ放り投げそうになったところで、二人から間髪入れず説明が入った。
「「その中身、全部虹色チョコだよー。たっぷり入ってるから、二人で食べてねー。一緒に遊んでくれてありがとー! また遊ぼうねー」」
 そう言い残し、双子たちはこちらに手を振りながらすたすたと遠くへ歩き始めた。あとに残されたのは、謎多き依頼書と爆弾……もとい、大きなお菓子の容れ物。まるで台風一過のような別れに、一気に脱力感が全身を満たしていった。

 脳内に激動の余韻が残る中、パートナーの静かな一言で現実に引き戻された。
「これは……結果的には、情報収集という名の依頼対応でしたね」
 どうやらあの二人は最初っから、あたしと遊んでほしかっただけのようで。結果として依頼料もいただいてしまった分、怒りを向ける先が失われたようで焦れったい気分だ。
 今回の件は仕方ないと割り切るためにも、諦めの境地のような念を抱きながらぽつりと呟いた。
「……たまに、こういう突発的かつ変な依頼もあったりするけど。面白い仕事よ」
 受け取った依頼料から垂れ下がっていた導線を引くと、クラッカーを思いっきり鳴らしたような小気味いい音が周囲に響き渡った。子供だましと思って舐めてかかると結構驚くのよねー、これ。
 そのまま筒状の蓋を引っ張り、容器を傾けて掌の上にいくつか取り出す。名称通り鮮やかな色合いを呈する楕円状の粒の中で……夕焼けに似た真っ赤なものを、一つ摘まんで口に放り込んだ。チョコレートの風味豊かな甘さと、イチゴの甘酸っぱさがじんわりと口内に広がる。ついでに手の上に残る他の粒たちも、そのまま一気に口の中へ流し込んだ。


 行きよりはゆっくりとした足取りで、仕事場までの道のりを辿っていく。ヴァーレンハイトは荷物を抱えたまま、文句の一言もなく終始付き合ってくれた。最初に交わした交渉内容の通り、あたしに協力するっていうスタンスは守ってくれているみたい。
 ……こいつと三日間過ごしてみて、一つ気づいたことがあるんだけど。このタイミングで言っちゃおうかしら。
 少し早足で相手よりも前方に進み、足を止めて振り向く。
「……ま、とりあえず。これの中身でも確認してみましょーか、ヴァーレント」
 言葉を発したあと、パートナーを真っ正面から見据えた。やはり対峙した相手の顔色に、目立った変化は見られない。ただ、何となく――いつもの不適な笑みが少し薄れ、虚をつかれたような雰囲気を纏っているように感じられた。
「ヴァーレント……ですか?」
「そうよ。あんたの名前って長ったらしいじゃない。あたしはそう呼ぶことにするわね」
 そう。この三日間何度も口に出してみたけど、こいつの名前は呼びづらいのだ。これから一緒に行動する以上、気楽に呼べるようにしておきたい。
「それは構いませんが……愛称で呼ばれるのは久々ですね」
 予想していなかった返答に、思わず聞き返してしまう。
「え、あんたのこと、他にあだ名で呼ぶ奴がいるの?」
「ええ。……機会があれば、そのうち会うことになると思いますよ」
「そう? よく分かんないけど……楽しみにしておくわ」
 いつも笑顔で振る舞ってるのが悪いって訳じゃないんだけど、ヴァーレントの言うことは若干胡散臭く感じるのよね……。相手の話を期待少々くらいで聞き流し、足を止めたついでに渡された封筒の中身を確認してみることにした。
 真っ先に目に飛び込んできたのは、依頼者の切迫感が伝わるような文章の羅列。よっぽど緊急で書き上げたのか、筆跡の端々に震えが見られたり罫線の上から文字があちこち飛び出しかけている。便箋の縁には、ぽつぽつと跳ねた小さなインク染みも見受けられた。
 読み進めた先の最後の文章から、山盛りの焼き菓子と謝礼という文言が目に入ってきた。……よし、優先順位は高くしとくべきね。
 心の中でそう決意を固めたあと、文末に記された依頼者の名前にふと既視感を覚えた。
「リーブレ・ホワイト。……これ、今日の依頼書で見なかったかしら?」
 内容が見えるように手紙を魔術で浮かせ、手が塞がっているヴァーレントの眼前に差し出した。
「確かに……覚えがあります。書かれている内容は違っていますが……もしかしたら緊急の案件が発生したのかもしれませんね」
 どうやら有能なパートナーは記憶力にも優れているようで、思い当たる節があったみたい。そして、文面の情報から読み取る限りだと、依頼主は緊急性が高い事態に直面しているようね。
「それなら、ひとまず帰って連絡をとってみましょーか。明日の依頼はこの人から受ける予定で考えとくわ」 そうと決まれば、依頼に備えて早く帰るに限る。
 内容の重たそうな依頼書と物理的に重いお菓子爆弾、そして仕入れた備品の山を抱えながら――仕事場への帰路を急ぐことにした。


 双子に振り回されたり、あだ名で呼ぶようになったりした一日。緊急の依頼は果たしてどのような案件なのでしょうか。