Halloween Alice 本編
4 白ウサギ
仕事場に戻った足で、封筒の差出人へ魔術回線を使用して連絡を取ってみると……ヴァーレントが予想していた通り、本来頼む予定だった案件とは別の緊急事態が発生したとのことで。話し合いの結果、先に受け取っていた依頼書は後日で良いということになり、例の依頼の方で早速次の日に訪問することになった。
そして今日。目が覚めてから、出発前に依頼書の内容に再度目を通したんだけど。昨夜のうちに会話口でも再度確認したものの……依頼主は想定以上に狼狽していて、詳しい情報はよく聞けずじまいだった。探し物を見つけてほしい感じってのだけは伝わってきたけど。あれだけ焦っているあたり、よっぽど大事なものに違いないわね。
待ち合わせ場所として指定されたのは、共存地域の中心に位置するハートの女王の城。城内に勤めているらしく、急を要する案件のため業務中に訪問してもらいたいとのことだった。お城まではあたしの仕事場からだと少し距離がある分、ちょっとした遠征気分だ。依頼主からは空間移動の魔術送迎を申し出られたけど、あたしもヴァーレントも対応可能だし、急ぎ向かうことを伝えたうえで丁重に断った。一応用心して早めに出発したもんだから、道すがら別の依頼も対応できたし。そのおかげでこの時期には珍しい星屑ベリーが手に入ったので、密かに心躍らせている。
きっと明日のお茶会で、美味しいスイーツに変身して登場するんじゃないかしら。
とは言え……ヴァーレントは調理に取りかかっている姿をあまり見せてくれない。よっぽど作業に集中したいのか、別の空間で作ってるみたいだし……さりげなく聞いてみた時は、あなたがつまみ食いしそうで心配です、なんていつもの微笑を浮かべてからかわれた始末だ。
製菓作りの手際の良さには興味があるし、甘い匂いが満ちた空間でゆっくり過ごしてみたいという野望も少なからずあるんだけど。あいつは食事よりも作る過程を楽しんでるみたいだし、邪魔するってのも野暮よね。
あたしは完成品を思う存分食べられたらそれで良いし、こればっかりは相手の希望に合わせるしかないか。
「ひとまず……門の前に向かえばいいのかしら」
石造りの城壁沿いを回り込むように、正面に構えられた大門を目指して進んでいく。あたしの身長の数倍はあろうかという高さの城壁越しでは中の様子なんてほとんど視界に入らないし、近くを歩いているとかろうじて城の先端が僅かに視認できる程度だ。
パートナーはあたしの少し後ろを歩いていたかと思うと、静かに翼を動かして上空に飛び立ち、城壁を超えたところから内部に広がる景色を一回り眺めていた。大体把握したようで、さっと隣へ降り立ってくる。
「ハートの女王の城……このような建物なのですね」
日ごろから何でも知ってそうな雰囲気を醸し出しているのに、意外な反応ね。
「もしかしてヴァーレント、女王の城のこと知らないの?」
「概要は存じ上げていますよ。ただ……ざっと百五十年ほど前の知識にはなりますので、変わっている部分が多いと思いますが」
さらりと述べられた言動に、思わず声を失う。前言撤回……知っているといえば知っているレベルかもだけど、人間基準で考えると途轍もないほど過去――いや、古代の情報だ。
長らく魔族地域に住んでたみたいだし、共存地域の事情にはそれほど詳しくないのかもしれない。ましてや女王様の城なんて、あたしたち人間でもなかなか行く機会がないような場所だしね。未だに門の姿が見えないこともあり、道中の暇潰しがてら、簡単に説明をすることにした。
「あんたの認識と違うかもしれないけど、女王様は人間と魔族がともに住んでいる共存地域を束ねる存在よ。ここに建つ大きな城に住んでいて、地域の統治や法の管理なんかを担ってるの」
人間と魔族が住む共存地域はハートの女王が統治しているけど……ヴァーレントが住んでいた地域は、別の女王が管理していたはずよね。
「確か、魔族地域にも女王様はいるんでしょ、ダイヤの女王。そこには行ったことないの?」
「まあ、昔にはありますよ。ただ……魔族は総じて変わり者が多いですから」
そうぽつりと呟いたヴァーレントは、含みのあるような――僅かに歯切れの悪い語気を孕んでいた。意味ありげな返答にあたしの反応が遅れ、会話に微妙な間ができてしまう。
あんたが言うな、というツッコミを入れた方がよかったのかもしれないわね……。
暫くして何事もなかったかのように普段の調子に戻ったパートナーと会話を繰り広げながら進んでいると、ようやく待ちかねた正門が目に入った。金の格子から垣間見える先には、花や植物が綺麗に整えられた庭園が広く続いている。建物に至るまで生け垣が複雑に入り組んでいて、城に辿り着くまでにそこそこの時間がかかりそうだ。奥にそびえ立つ女王様の居城は、白の大理石に鮮やかな青色の屋根が天高く伸び、絢爛豪華な造りであることが遠目からでも十分に見て取れた。
その豪奢な門の傍に……左右にうろうろと、始終忙しなく動いている人影が見えた。こちらの姿を認識するやいなや小走りに駆け寄り、お手本のような深い一礼を受ける。
「お、お待ちしておりました、ハロウィンアリス……。僕はリーブレ・ホワイトと申します」
「どーも。改めて、アリス・リーヴァレッタよ。こっちはあたしのパートナー」
「こんにちは。ヴァーレンハイト・マッドハッターと申します」
「アリスさんに、ヴァーレンハイトさんですね。こ、今回は急な依頼にも関わらずご対応いただき、感謝しております……!」
腰が低い性格なのか、深々と頭を下げた状態からなかなか戻ってこない相手の挙動を待ち……やっとのことで体を戻した依頼主と正面から向き合った。
ミルクティーに似た薄茶色の髪色はふわふわと触り心地が良さそうで、毛先のあちこちがぴょこんと跳ねている。ウサギの魔族のようだけど――落ち着いた白のスーツを着用し、たれ耳タイプの白い耳は片方に銀のチェーンが繋がっていて、左眼にかけたモノクルが知的な印象だ。ただ……伏し目がちの銀色の瞳は常におどおどとした様子で、体を震わせる度にレンズの光がきらきらと落ち着きなく反射している。よっぽど困った事態が起こったのか、終始眉尻を下げて今にも泣きそうな表情を浮かべていた。
「こんなところでは何ですから……城内へ向かいましょうか……!」
慌てて門を開けるリーブレの案内に続き、赤薔薇の生け垣が迷路のように並ぶ庭園を抜けていく。植え込みの合間にはガーデンテラス用のテーブルやチェアが配置されていて、座って一息入れるだけで絵になりそうな空間が広がっていた。
「僕はここで働いていまして……僭越ながら、裁判長を勤めているんです」
裁判長ってことは……法の管理をするにあたり、女王様の次に責任を持つ立場ってことになる。第一印象や立ち居振る舞いから肩書が結びつかなかった分、心の底から感心してしまった。人は見た目によらないのね。
「そういや、魔族なのにお城で働いているのって珍しいわよね」
あたしの知る限り、魔族の者が要職に就いてお城勤めしてるってのはあまり聞いたことがなく――ハートの女王を筆頭に、共存地域で表舞台に立つのは専ら人間の割合が高いのだ。
魔族には寿命も魔力も基本的に敵わないからこそ、協力体制を結ぶ共存地域の統括については人間側が仕切るという方針になったんだっけ。学生時代に学んだ歴史学の内容を脳裏に浮かべながら、リーブレにも尋ねてみた。
「そうですね……。僕、実は黒のポーンなんです」
これまた珍しい情報に、大きく目を見開く。
ポーンってことは、魔力をほとんど持たない階級だ。年齢と共に階級は上がっていくことが多いから、十五歳を迎える頃には人間ですらポーンの者なんか本当にいなくって。
その階級で過ごす時期がなかったあたしにはピンと来ないけど、魔族の中では結構大変な境遇だったんじゃないかしら……。
あたしと同じ考えに至ったのか、ヴァーレントからも静かに声がかけられた。
「我々魔族は階級に重きを置きます。……あちらの社会では、過ごしづらいことが多かったでしょう」
「ヴァーレンハイトさん、仰る通りです……。僕は元々魔族地域の出身ですが、年を重ねていっても初歩的な術が僅かに使える程度の魔力しかなく……あの地域での生活は絶望的でした」
リーブレの足取りは変わらないけれど、当時の情景を噛みしめるかのようにしみじみと語り始めた。
「それならばと、共存地域に出てきて生活することを決めたんです。お城に勤めることになったのも、自分にできることを見つけたくて雇用試験に挑戦したのがきっかけでした。仕事では日々研鑽を重ね、この地位に着くことになりましたが……僕の努力を認めてくださった女王様には感謝しかありません」
最後の言葉を発した後、前を歩く青年は照れくさそうにふわりと笑った。魔族と人間では文化や考え方もまるっきり違うのだから……さらりと語る口ぶりの裏に、きっと血の滲むような努力を積み重ねてきたのだろう。
気弱で臆病な性格っぽいけど、並外れた努力家なのね。対面してから抱いていた印象が一気に変わるような身の上話を耳にして、こちらも一層依頼の対応に気を引き締める気分になった。
それほどの相手から助力を請われたんだから、あたしだって仕事で返さなきゃね。
会話を続けながら、ついに城の前までたどり着いた。チョコレート色の扉を抜けて、赤と黒のタイルが整然と並んだ大理石の回廊を通っていく。お城の内装を目にするのは初めてだけど、壁や天井の至る所に赤の装飾が施されているのがやけに目に付いた。
女王様は赤色が好きだって話、本当かもしれないわね……。
そんなことをぼんやりと考えていると、先導するリーブレがおろおろと慌てたような声を上げた。
「ああ、先ほどから僕ばかり話してしまってすみません……! 依頼の話に戻りますが、アリスさんはこの城の三つの役目をご存じですか?」
不意に尋ねられ、教科書に記されていた内容をもう一度思い返す。
「えーと……共存地域の統治、地域内の視察、裁判の施行、だったかしら?」
試験前に丸暗記した記憶が意外と残っていることに、自分でも驚いた。
「ええ、正解です。今回の依頼は三つ目の役目、裁判の施行に関わることでして……」
リーブレがそう語り始めたところで、回廊の一番奥に構えられた赤色の扉の前で足を止めた。スムーズな手つきで鍵を回し、扉を開けた依頼主から促されるがまま、部屋の中へと足を踏み入れた。
部屋の中央には手前に長い面が向けられた長方形のテーブルと、三人掛けのソファが対面する配置で二脚。奥の壁一面には窓の縁に被らない高さの低い本棚が並んでおり、気品溢れる調度品や色鮮やかな美しい絵画が四方の壁に掛けられていた。おそらく、客人用の応接間ってところかしら。
全員がソファに腰を落ち着けたあと。リーブレはテーブルに用意されていた白磁のポットを手に取り、あたしたちの手元に置いてあるカップへ注ぎ始めた。暖かな紅茶の湯気が立ち上る中、依頼主は今回の相談事を静々と語り始めた。
「僕の呪いは制限型……【常に懐中時計を身に着けていなければいけない】というものです。実は、昨日の昼下がり……普段から身に着けている懐中時計を城内で失くしてしまいまして……」
不安の念から徐々に言葉尻が小さくなる依頼主の前で、制限型のペナルティが発動する条件について考えを巡らせた。制限型の場合……呪いに示された条件から丸一日逆らった状態が続くと、二十四時間発動するんだったかしら。
「業務の傍ら、何とか見つけ出そうとしたのですが、全く影も形もなく……。明日、重要な裁判があるのですが……僕のペナルティはウサギの姿に変わってしまうんです。このままでは、裁判が円滑に進められません……」
今回の場合だと――今が午前中だから、最悪夕方までにその時計を見つけないといけないってことね。業務に支障が出る以上、あれだけ焦って手紙を用意した当時の境遇も十分に理解できた。
「そんな状態で業務に就くなんて……次の日から、もふもふ裁判長ってあだ名がついてしまいます…!!」
深刻な表情から飛び出してきた不釣り合いな台詞に、思わずソファの上から滑り落ちそうになった。本人にとっては重大な案件なのはよーく分かるんだけど。そのネーミングセンスはどうなのかしら……。
思わず、ウサギ姿のリーブレが裁判を粛々と進めるイメージを想像してしまう。裁判台の上にちょこんと乗り、書状をふにふにの肉球で押さえながら小難しい内容を読み上げる姿……。
何と言うか、裁かれてる側も和みそうな絵面ね……。
例え裁判が滞りなく遂行できたとしても、裁判長という肩書や威厳的なところが台無しになっちゃうか。
不安に駆られてさめざめと泣き濡れているリーブレを何とか宥め倒し、ひとまず持ち直したところで……当時の状況の整理と聞き込みを続けることにした。
リーブレの話によると、件の懐中時計は着替えるために席を外した数分間で消え失せたようで。その間に室内へ立ち入った人物もおらず、皆目見当がつかないとのことだった。
ついでに……ペナルティを回避するために別の懐中時計を持つことも提案したんだけど、どうやら就任祝いに女王様から賜った品物らしく、固く首を横に振られるだけだった。さっきの話ぶりから城主に忠誠を誓っていることは十分に伝わっているし、こればっかりは探し物を見つけるしか解決策がなさそうね。
「そういえば、今日女王様はいないの? あたしたちが城内をうろつくのって大丈夫かしら……ほら、懐中時計の件とかも含めて」
いくら裁判長が一緒にいるとは言え、見知らぬ人物が居城の主の許可なく城内を自由に闊歩している状況は良くないのでは。それに、もし女王様と鉢合わせになって理由を説明せざるを得ない状況になれば、リーブレの面目が丸潰れになってしまう可能性も大いに考えられる。
「女王様は先月から長期の視察に出られていまして……本日の夕方お戻りになられます。仮に対面することがあれば、僕からお二人のことを説明しますので。元々は僕の不注意が招いたことですし、ご心配は要りません」
こちらの懸念点についても、目の前の依頼主は入念な対応を考えていたようで。流石は裁判長の手腕、といったところね。
返答に安堵したところで、机の上に持参した道具を次々と広げながら見つけ出すための方法を考える。
「場所を探るためには目的物のイメージが欲しいわね……。城の見取り図とか、持っていた懐中時計の写真とか。そういう資料があれば助かるんだけど」
建物が複雑な構造をしている場合、この前に使ったコンパス型だと光の道筋が追いづらくなり、位置が上手く捕捉できない。この広い城内を当て所なく右往左往するのも面倒だし、地図の上から目星をつけた方が手っ取り早いはず。
リーブレは大きく頷くと、ソファから素早く立ち上がった。
「わかりました、ご用意します。……恐れながら、少しお手伝いいただいても宜しいでしょうか……?」
「あたしは術の準備するから。ヴァーレント、サポート頼むわね」
道具をいくつか手に取りながら隣に座る相手へ声をかけると、パートナーもその場へ静かに立ち上がった。
「かしこまりました。……ではリーブレさん、お供いたします」
「あ、ありがとうございます……!」
扉の向こうへ消えた二人を横目で見送った後、誰も座っていないテーブルの左端に正方形の羊皮紙を丁寧に広げ、緑のインクを紙面に滑らせながら魔法陣を書き連ねていく。ほどなく完成した陣の真ん中に六角錐型のペンデュラムをそっと置いたあと、テーブルの上をぐるりと眺めて衝撃が走った。
紅茶の傍に置いてあったのは……果物たちが上部できらりと輝いているフルーツタルトと、添えられたジャムですら芳しい香りを放つスコーン。皿の上で食べられるのを今か今かと待ち焦がれているお菓子たちは――ヴァーレントがこの場から離れた影響で、あたしの胃袋に収められなくなってしまった。
「あー……二人が行く前に、スコーン一つくらい食べといたら良かったわね……」
いくらなんでも、こんな格式高い場所で塩をばらまくような真似はできないし。裁判長が同席している手前……最悪、不敬罪として裁かれてしまうかも。
うかつに触ってしまう可能性を排除するべく、名残惜しそうに佇むお皿をできるだけ視界から遠ざけるよう右側へ追いやる。唯一口にすることができるティーカップのお茶をちびちびと啜りながら、パートナーと裁判長の帰りを大人しく待つことにした。
カップの底がうっすらと顔をのぞかせ始めた頃、ようやく二人が部屋に戻ってきた。ロール状に丸められた数本の長い羊皮紙の筒と、探し物が移った写真らしき額縁が手元に収められていて。品物を受け取り、次々にテーブルの上へ広げていく。
「よーし、それじゃ早速始めるわよ」
「おや……お菓子はいただかなくて宜しいんですか?」
「……後にするわ。ひとまず依頼優先よ」
「……これは珍しい。承知しました」
ヴァーレントの言葉に一瞬決断が揺らぎそうになったけど、あたしだって仕事で来てるんだし……あんなに努力してる相手に自分の我を通すような、甘えたことは言いたくない。それに、依頼が終われば山盛りの焼き菓子が待っているのだ。
早く見つけてあげたい一心で――あたしにしては本当に珍しく、お菓子に対する欲望を抑えてそのまま術の準備を進めることにした。
緑色の光を帯びたペンデュラムを写真の上に乗せたあと、城内の見取り図へ真っすぐに垂らす。淡い光に包まれた水晶の挙動を目に焼き付けるように観察しながら、そのまま地図の上を順に動かしていった。
城の中で西側に高々と立つ屋根に滑らせた時……ペンデュラムの先端がぐるぐると円形に回り始めた。探し物の在り処を指し示すような動きに、全員で顔を見合わせる。先導のため急いで部屋を飛び出した裁判長の後に続き、該当地点を屋外から捕捉できる位置まで一気に足を進めた。件の屋根は途中までしか登れない構造になっているそうで。今いる庭園から一気に飛んでいった方が近道になりそうとのことだった。
図面上で反応を見せた付近を注意深く観察していると、少し離れた空から降下する黒い鳥たちの姿が見えた。数羽が咥えた口の端に、太陽光を受けて何かキラキラと輝くものが見える。鳥たちは満足げに一度旋回をした後、吸い込まれるように屋根の一角へ消えていった。
指し示した先と合致する辺り……今回の犯人はあの子たちのようね。
「あの辺りは……鳥の巣、でしょうか。金属のようなものを咥えていたようですし、光るものを好む習性があるようですね。リーブレさんの懐中時計もあちらにあるかもしれません」
パートナーの冷静な分析も後押しして、ますます信憑性が増してきた。どうりで城内を探しても見当たらない訳だし、数分の犯行だったのも鳥ならではの俊敏性なら頷ける。位置が分かったのなら、あとは回収するだけだ。
「あたしが箒使って取ってきても良いんだけど……ヴァーレント、お願いできる?」
「私ですか?」
「動物相手なら本能的にあんたの方が言うこと聞かせやすいでしょ? ほら、今朝血も提供したんだし、その借りってことで」
魔族は血縁が近い分、野生動物に訴えかけるのは得意分野だと同業者から聞いたことがある。ヴァーレントならこの場をどう解決するのか気になるし……ついでに今朝のやり取りを引き合いに出して、半ば玉砕覚悟で話を振ってみた。
「まあ、そういうことなら仕方ないですね」
てっきり渋られるかと思ったものの……相手は普段と同じ表情で、すんなりと引き受けてくれた。
自前の翼を優雅にはためかせながら、パートナーはどんどん上空へ昇っていく。屋根と同じ高さまでたどり着いた時――危険を察知したのか、近寄る敵を排除するかのように辺り一帯から鳥たちが一斉に群れを成して飛び出してきた。あっという間に十数羽の鳥に囲まれたヴァーレントは、焦る素振りなど微塵も見せず……一瞬左手を前に伸ばしたかと思うと、圧縮した風の塊を円形に飛ばした。
見えない空気の刃を受けて、切り刻まれた鳥たちの羽がひらひらと周囲に舞い落ちていく。そうは言っても血が出るような怪我は負わせていないし、飛ぶのに支障が出ない程度で済ませている辺り……手加減しているのは遠巻きに眺めていたあたしたちにも十分伝わってきた。少しして、蜘蛛の子を散らすように飛び去っていく鳥たちを尻目に――鮮やかな手腕で空の上を制したパートナーは、悠々と巣を覗き込みながら目当ての品物の回収を進めているようだった。
緩やかなスピードで地面へ降り立つヴァーレントの元へ駆け寄ると、写真と同じ装飾の――銀色に輝く艶やかな懐中時計が一つ、しっかりと手中に収められていた。
* * * * *
無事に依頼主へ品物を手渡したあと。帰路に着く女王の馬車にトラブルがあったとかで、見送りは慌ただしく行われた。とは言え、報酬は提示通り目いっぱいいただいたので、あたしにとっては不満はない。まさか……日も暮れた城下街の大通りで、大量のお菓子を荷車ごと押して帰ることになるとは思わなかったけど。車内いっぱいに備えられた蓋付きの透明なケースの中には、依頼書の通り様々な焼き菓子が綺麗に詰められていた。この荷車にラッピング用の袋や取り分け用の籠が備え付けてあれば、あっという間に移動販売車の完成ね。
パートナーが巧みに魔術で操りながら、石畳の上を軽快に動かしていく。何となく歩きたい気分だったから暫くこうして足を進めているけど、依頼達成後の疲労感が少しずつ体全体に圧しかかってきた。
「今日はなんだか疲れたわねー……」
「同感です。朝早くから依頼を受けていましたし、非常に慌ただしい一日でしたね」
「……それに!! 今日はまともにお菓子食べてないのよ! あたしの活力源なのに!」
実は、驚くべきことに。昨日の夕方のティータイムから……まともにスイーツを摂取していない。あたしにとっては死活問題だ。
相手に嚙みつくような語気で話しかけた途端に――何故かぴたりと、ヴァーレントが足を止めた。いや、立ち止まりたいのはあたしの方なんだけど。何ならこの場で目の前の荷台からお菓子を取り出して思う存分頬張りたいくらいだ。
「そういえばそうでしたか。……ということは、久々に食らってしまいますね……」
「何のことよ?」
パートナーはこちらに向き直ると、わざわざ視線が合わさる位置まで腰を屈めた。こちらを真っ直ぐに見据える姿から、何か重大なことが起こるような……非常に嫌な予感がした。
「先に申し上げておきます。……おそらく驚かせることになると思いますが、できる限り落ち着いてくださいね」
いつもと変わらない笑みを浮かべたヴァーレントは……突如、大きな音とともに身体全体が白煙に包まれた。煙に交じって降りしきる紙吹雪の中には、逆十字と様々な表情を象ったジャックオーランタンの絵柄。確定型のあたしには縁がない現象だけど、間違いない……これは、制限型のペナルティ発動時のアクションだ。
もうもうと立ち込める煙が落ち着くのを呆然と立ち尽くしながらじっと見守る。ようやく薄くなった視界の先には――変わり果てたパートナーが、こちらに顔を向けていた。
「ええええっ!!」
普段と何が変わったのか、明らかに見て取れる……。あたしより頭一つ分ほど背が低い、子供の姿になっているのだ……。
「何で!? 呪いの条件はクリアしてたじゃない!」
こいつの呪いは【魔女の血しか口にしてはいけない】のはずだ。そして、お城でのやり取りの通り……今朝の出発前にちょうどパートナーに手渡したうえ、小瓶の蓋を緩めてそのまま口にするところを、この目でしっかりと見ているのだから。
何がどうして、こうなったのよ!?
立ち消えた煙の余韻を残すように賑やかな紙吹雪がひらひらと舞い落ちる中、疲労感とまとまらない思考を抱えてその場にうずくまりたくなった。
何故か、ヴァーレンハイトのペナルティが発動……? その理由は如何に……。