zucca

Halloween Alice 本編

5 三月ウサギ

 変貌を遂げたパートナーは放心状態から暫く戻ってこれなかったあたしの反応を確認するかのように、少し背伸びをして顔の前で手を振っているようだった。紅葉のような小さな掌がやっと認識できたところで――息を吸うことを思い出したかのように、はっとした。
 そのまま、様変わりした相手をまじまじと見つめる。あたしの肩くらいの位置に頭があって、外見だけで言えば十代前半くらいの幼さだ。漆黒のスーツやシルクハットは普段と同じ装いなだけに、サイズ感が変わった程度の雰囲気で収まっている。後ろに備えた翼はいつもより小刻みにぱたぱたと動いていて、幼さを強調しているように感じられた。普段の調子で穏やかに微笑んでいるけれど、様変わりした容姿のせいか……少しあどけない表情に見える。
「落ち着いてください。姿は変わりましたが、中身は普段の私と変わりませんので」
「こんな状況で落ち着いていられる訳ないでしょ!」
 あたしの狼狽ぶりとは対照的に、ヴァーレントは普段同様の平然たる振る舞いだ。口調は同じだけど少年らしい少し高めの声音に、同じ人物か疑わしく感じてしまう。そして何より……この現象はどういうことなのか、全く把握できない。
「それにしても、もうバレてしまいましたか……」
 相手の意味深な呟きに、混乱を極めた思考から導きだした突拍子もない推理が口から飛び出した。
「何が!? まさか、あんたが実は見た目少年だったーとかいうカミングアウト?」
 魔族の外見年齢は個人差があるみたいだし……容姿を操作する魔術も聞いたことがある。裁判長みたいに――威厳を保つために、という理由があるなら……その可能性も捨てきれない。
「まさか。二百年以上、普段の姿のまま生きてますよ」
 間髪入れずの返答に奇想天外な発想から若干現実へ引き戻され、少しだけ冷静になれた。
 ま、どう考えてもヴァーレントはそういうタイプじゃないわよね……。
 まだ疑問符が脳内を埋め尽くす中、相手から静かに要望を伝えられた。
「詳しくお話します。……さしあたり、行きたい場所があるので付いてきていただけますか?」
 途端にヴァーレントの背後で空間がグニャリと曲がり――空間移動の術特有の、異次元感漂う景色が周囲に広がる。小さな身体ながらも有無を言わせないような圧力を感じとり……普段と違う相手の身長差に奇妙な心地を覚えながら、後に続くことにした。


 到着した先は共存地域の町並みで。区画ごとに大きな住居が立ち並ぶ閑静な住宅街だった。夜も更ける頃合いで往来が落ち着いてきたこともあり、噴水から溢れる水の音がしんと静まりかえった広場に滔々と響いている。噴水を背に歩道を少しずつ進んでいくと、五軒目に並ぶ邸宅の前で足を止めた。手慣れた操作で庭先の門を開けるヴァーレントの後に続いて、庭の中を通り抜けていく。普段はあたしの方が先導するパターンが多い分、何だか新鮮な気分だ。
 花壇には色とりどりの花たちが咲き誇っていて、家主からこまめに手入れされている印象を受けた。大輪の黄色い薔薇と小振りな赤色の薔薇で見事に彩られたアーチをくぐり抜けたあと、玄関に吊るされた白磁の呼び鈴を軽く引く。
 少し遅れて響いてきた軽い足音とともに、カチャリとドアの開く音がした。続いて視界に飛び込んできたのは、ふわふわと柔らかな桜色。
「あら……レン君じゃないの! 久しぶりね~、その姿も懐かしいわ!」
 「少々失敗してしまいまして……。あなたこそ、お変わりないようで安心しました」
 ヴァーレントの姿も気に留めることなく、膝を軽く曲げて視線を合わせるようにしながら会話を続けている。
 古くからの顔見知りっぽい感じ、あだ名で呼ぶ間柄……もしかして、前に言っていた”そのうち会うかもしれない知り合い”って人のようね。
 話に花を咲かせながら楽し気な表情を次々と浮かべる家主は、ようやくあたしの存在に気づいたようで。ヴァーレントの頭越しに視線がぱちりと合う。とりあえず挨拶がてらぺこりと頭を下げると、ひらひらと笑顔で手を振ってくれた。
「それにしても、レン君が誰かを連れてくるなんて珍しいわね。……ああっ、もしかしてその子が運命の人なのかしら!?」
「ええ、おそらくは……ですが。詳細は中でお話ししましょう。お邪魔しても宜しいですか?」
「もちろんよ! さあ、中にいらっしゃい~」
 言葉を交わす間もなく背後からぐいぐいと背中を押され。見知らぬ女性の家に、半ば強制的にお邪魔することになった。

* * * * *

 廊下を移動しながら簡単にこちらの自己紹介を済ませた後、通された部屋に据えられていた円形のテーブルの前に着いて、三人で向かい合う形をとる。木の暖かみに溢れた内装が、何だかほっと落ち着くような空間だ。左に見える壁にはレンガ積みの暖炉が備え付けられていて、冬場の対策も万全のようだった。窓際の戸棚には手編み用の白い毛糸玉と編み針が丸いバスケットに収められており、編みかけのレース地が籠の端からちらりと顔をのぞかせていた。
「初めまして、アリスちゃん。私はラピン・マーチ。レン君とはティータイム友達、みたいな感じかしら~。気軽にラピンちゃん、って呼んでね!」
 慌ただしい訪問になってしまった手前、この場でじっくりと相手と顔を合わせることになった。
 ……見た感じ、ウサギの魔族みたいね。リーブレとは祖先のタイプが異なるようで、頭頂部でぴょこぴょこと楽しそうに動く桃色の細長い耳が見えた。緩く巻かれた桜色の髪は二つに束ねられ、優し気な雰囲気を醸し出している。綺麗な淡い黄緑色の瞳も彼女の満面の笑みを湛えるかのように、キラキラと輝いていた。
 ヴァーレントと知り合いってことは、そこそこ長く生きてる魔族ってことよね。正確な年齢は分からないけど……外見はあたしと同じくらい。矢継ぎ早にくるくると表情の変わる様子は見た目年齢相応のようだけど、きっと百歳とか二百歳とか普通に年上のはず。

 家主の纏う和やかな雰囲気に、つい流されそうになっているけど。ここにやって来たのはヴァーレントの現在の状況について説明してもらうためだ。とりあえず、あたしの方から本題を切り出すことにした。
「わざわざ移動して来たってことは、きっと大事な話があるのよね? しっかり説明してほしいんだけど」
 質問を受けて……何故かラピンちゃんが、儚げな表情で語り始めた。
「レン君はね、運命の人をずっと探していたんだけど……なかなか会えなかったのよね……。でも、遂に出会ったのがアリスちゃん、あなたなのよ!」
 言い終えたと同時に真っ直ぐに伸びた指で勢いよく指し示され、思わず目をぱちくりとさせる。
 んん? ちょっと待って……この発言は一体どういうこと?
 目の前で彼女が思わせぶりに話した内容が、あまりにも乙女思考すぎてついていけない。目を白黒させながら――思わず隣に座る相手に訴えかけるような視線を送り、助け舟を出すよう促す。
「ヴァーレント……もうちょっと詳しく説明しなさいよ」
 対するパートナーは彼女の反応にも慣れた様子で、会話の続きを引き受けていた。
「ラピンさんは些か思考が一直線な方ですので。改めて私の方から説明します。私がアリスに黙っていたことが二つあります。……その件は誠に申し訳ありません」
 ヴァーレントは謝罪の言葉を述べた後、あたしに向かって深々と頭を下げてきた。ここまで潔く謝られてしまうと、こちらとしても素直に怒りにくいというか……深く追求しづらくなり、何となく気が引けてしまう。
 ひとまず質問は後回しにして、ヴァーレントの話に耳を傾けることにした。
「一つは呪いのこと。私の本当の呪いは制限型……【一日一回、誰かとティーパーティーを過ごさなければならない】という内容です。そしてペナルティはご覧の通り……子供の姿に変化してしまいます」
 本当の呪いを隠していた理由に疑問は残るけれど、ペナルティが発動した経緯については合点がいった。そもそも聞いていた呪いの内容が違っていたのだから、どれだけ考えを巡らせてもあたしの推測では正解に結びつかない訳だ。
 ついでに、今回発動した心当たりにも行き着いた。
 そっか。よくよく思い返してみれば……ヴァーレントにはリーブレの手伝いをお願いしたから、カップに手を付ける前に部屋を後にしていたんだわ。しかも、あたしたち自体も丸一日以上お茶会をしていなかった訳だし。
 ヴァーレントが日ごろから時間に正確だったのも、この呪いの条件がきっかけだったのかも。相手の几帳面な性格に納得のいく理由を知って、また一つパートナーの一面に理解を示せたような気がした。
「そしてもう一つは、暗示のことです。最初お会いした際に暗示をかけようとしましたが……アリスには効きませんでした」
「……暗示って、もしかしてあの時の?」
 相手の話の件には思い当たる節があった。おそらく……最初に対峙したときの、血の提供云々のところだ。
 あれは、ヴァーレントがあたしに暗示をかけようとしてたのね。
 当時は会話の脈絡が全然つながらなくて意味不明だったけど、ようやく腑に落ちた。

* * * * *

「アリスは……スケープドールという言葉をご存じですか?」
 パートナーから尋ねられた馴染みのない単語に、軽く首を傾げてしまう。
「スケープドール……? 聞いたことないわね、どういう意味よ?」
「私のような、血液を主食とする魔族に血を提供する者の総称です。また、そのパートナーを指す言葉として使われることもあります」
「つまり、単純にパートナーのこと? ……それにしては、何だか物騒な表現ね」
「長年の理由がありまして。我々のような存在は遥か昔からの相互条約により、人間や魔族から無差別に血をいただくことを禁じられております。現在は動物やパートナーに対しての吸血行為のみ認められているんですよ」
 ヴァーレントは手元のマグカップを手に取ると、両手で支えながら紅茶を一口流し込んだ。普通サイズのカップでも子供の手には少し重たく感じるらしく、テーブルの上に戻す手が少しふらついているのがかすかに見えた。
「吸血の際には相手に痛みを与えないため、目で暗示をかけてから行なうのが通例ですが――繰り返していくと次第にかかりやすくなり、最終的に暗示状態から抜け出せなくなる。……この現象から、スケープドールと呼ばれるようになったものです」
 さらっと話す割には、かなりダークな情報だ。背筋にぞくりと寒いものを感じ、思わず体を身震いさせる。
「ただ、相性があるようで、暗示にかかりやすい者もいればかかりにくい者もいる……。そして、ごく稀に暗示が効かない方がいらっしゃるんです」
「それがあたし、ってこと?」
 先ほどの情報を思い返し、自分の顔に指をさす。そのままパートナーの顔へ視線を移すと、首を大きく縦に動かしていた。
「ええ。今まで私はパートナーに影響を及ぼさないよう、できるだけ暗示をかけない方法で血をいただいていました。相手として暗示にかかりにくい者であるほど望ましいですが……まさか、全く効かない方に出会えるとは思ってもいませんでした」
 直接吸血するのも手段としては可能だけど、暗示をかける必要性が生じる。契約当初から間接的に血を提供するように伝えられてたのも、ヴァーレントはあえてそう話すことで、あたしに暗示をかける機会を作らないようにしていたのね。
「でも、あたしと勝敗が着いた時……血を吸う気満々だったんじゃないの?」
 そもそも血の提供云々のやり取りの時点では、暗示をかけるつもりだったはずだ。相手の行動に疑念が残る部分を、この際問いただしてみる。
「あの時は……血をいただく意思は全くありませんでしたよ。軽く暗示をかけたうえで、魔族地域の外まで追い返す予定だったんです」
「そのつもりが、全く効果がなかったってことね。……そんでもって、最終的に契約を結ぶ方針に変更したってことかしら」
「おっしゃる通りです。今回のことは時期を見て話すつもりで考えていましたし、アリスが魔女だと一目で気づいたので暫く様子を窺うためにダミーの呪いを告げました。……ただ、その後の会話で、あなたの呪いの内容を聞いて猶更驚いたんですよ」
 ヴァーレントは珍しく真面目そうな表情になり……柘榴のように鮮やかな赤い瞳で、じっとあたしの目を見つめてきた。
「私の本当の呪いとアリスの呪い……とても相性が良かったものですから。あなたはお菓子が食べられる、私もティータイムが過ごせる……契約してしまえば、互いに利益がある関係になれる、と」
 そこまで話し終えた後、ヴァーレントは小さく息を吐いた。代わりに今の今まで大人しく聞いていたラピンちゃんが勢いよく立ち上がり、その場でくるくると回り始める。ウサギの魔族さながら、今にも飛び跳ねそうな勢いだ。
「だからレン君はアリスちゃんと契約を結んだのね! これは運命の恋人同士といっても良いくらいよ!! ああ、今夜はとびっきりのお祝いをしなくちゃ~」
 満面の笑みを浮かべながら机の周りを忙しなく動き回り、まるで自分のことのように喜んでいた。喜色満面という言葉を体現しているかのような姿から、ヴァーレントのことを純粋に祝う感情が伝わってくる。
 ただ……彼女の反応とは裏腹に、あたしの胸中にはまだ疑問の念が渦巻いて晴れなかった。

 ――何か、妙なのよね……。
 いくら古くからの知人とは言え、わざわざラピンちゃんを交えて説明する必要はないはず。今まで一緒に行動して見てきた通り――ヴァーレントは何を頼んでも、自分の力でそつなくやり遂げることができる奴なのだから。
 よっぽどの事情があるからこそ、対談の場としてここを選んだわけで。考えられるとすれば、家主の個人的資質なところでも影響してるのかしら……。
 ……そういうことか……!
 ここで重大な話をする理由……思い当たる可能性に、ようやく気がついた。
 つまり……こいつは予防線を張ったのだ。
 あたしの推理では――おそらく、第三者である彼女を立会人として外堀を固め、契約を結んだ状態からあたしを簡単に逃がさないようにしたのだ。 思えば最初の運命の人の件とか、おそらく今も誤解されたままだし。ヴァーレントに至っては肯定も否定もしてない辺り、彼女に上手いこと解釈されるよう静観してるのは間違いなさそうね。
 パートナーの考えに気づいたところで、正面で繰り広げられている二人のやり取りを探り見る。若干暴走気味のラピンちゃんは目をキラキラと輝かせながら、怒涛の話ぶりで穏やかな笑みを浮かべた少年の前へ楽しげに詰め寄っていた。
 今までの会話の流れから察するに、思い込みの激しそうな彼女の誤解を解くには至難の業っぽいし……。くらくらと星が飛ぶ視界に眩暈を感じ、思わずこめかみを強く押さえた。そのままじろりと、隣で涼しげな顔をしている相手を睨み付ける。
「本当、あんたって良い性格してるわね……」
 普段より幼い笑みでにこりと微笑むヴァーレントは、あどけなさが残っているせいか――悪戯っ子が、何だか良からぬことを企んでいるような表情に見えた。
「おや……もう気づかれましたか。お褒めに預かり光栄です」
「全っ然褒めてないわよ、あーもうやられたわ」
 さっきまでのしおらしさが嘘のように、普段の軽薄そうな話ぶりへ切り替わる。やっぱり人間と魔族では、根本的に考え方が違うのだ……露ほども悪びれない様子を横目で眺めながら、真面目に怒る気力ごと吸われていった。


 結局、押しの強い家主の半強制的な厚意を受け、今日のところは家に泊まっていくことになった。その張本人はというと……あとは二人でごゆっくり~と、仲人さながらの台詞を言い残し、嬉しそうな足取りで食事の支度のために部屋を飛び出していったわけだけど。ラピンちゃんは終始あの調子だし、この状況をめちゃくちゃ楽しんでるわね……。
 エネルギッシュな彼女を呆然と見送った後、静かな部屋に二人だけで取り残される。
 ヴァーレントはテーブルの前にじっと座ったまま、テーブルに置いてあった本へ目を通していた。手持無沙汰な状況の中、席から離れて何となしに部屋の調度品をじっくりと眺める。窓際にいくつか飾られた写真立ての中で――ふと見知った顔ぶれが目に留まった。
 少女くらいのラピンちゃんに、普段の青年姿のヴァーレント。家の前で撮ったもののようで、庭先で見かけた花壇の列や様々な花たちが二人の背後を彩っている。当時のラピンちゃんはヴァーレントより頭二つ分くらい低い背丈のようだった。人間で換算すると、数十年前の写真って感じかしら。少し色褪せた写真の面持ちが、彼らが長年の知り合いだということを静かに体現しているようだった。
 興味深い写真を暫く見つめたあと……大人しく席に戻り、ヴァーレントの正面にすとんと座る。何となく居心地の悪い沈黙に耐え切れず、こちらから話題を切り開くことにした。
「一応隠してたっていう借りがあるから、答えてほしいんだけど……。何であたしとの契約にこだわるの? 確かに血の提供とかヴァーレントの事情は分かったけど、生活する上で契約の必要性はそれほど感じてないって言ってたじゃない」
「まあ、契約自体に関してはその通りです。最初にもお話ししていますが……あなたに対しての興味、ですね」
 対面の相手はぱたりと本を閉じ、あたしの前に向き直った。
「アリスの望む答えからは少し外れてしまうかもしれませんが……私の話を聞いていただけますか」
 この後思い残すことなく話せるようにするためか……ヴァーレントは一呼吸おいて、カップの中身を口に運んだ。
「自我を持ってから一世紀以上経つと、大抵の出来事はどうでも良くなってくるんですよ。日々のことですら惰性化したり、対人どころか自分のことに関しても無頓着になる……経験したことのある内容ばかりで真新しさがなくなって……少しずつ、何も感じなくなるんです」
 目の前のパートナーは自分に関する内容を――どこか遠い所から眺めているような、他人事に近い口ぶりで語り始めた。ここまで自分のことを吐露するヴァーレントは初めてで、不思議な緊張感が体をじわじわと侵食する。
「人間であれば寿命と身体能力の壁があるのでそう感じにくいところですが、我々にはその制限がほとんどありませんから。ただ……前のパートナーとともに過ごした時、このままではいけないと思いました。日々を無為に過ごすのではなく、何か興味を持ったことに取り組んでみるべきではないかと」
「……それがあたしとの契約、ってこと?」
「あなたも契約の主導権を握れなかったのは初めてのようでしたが……私にとっても暗示が全く効かない相手など、二百年以上生きてきて初めてのことでしたから」
 それ程の年数生きていても出会わなかったってことは……確かに興味を持つ対象だと語るのも分からなくはない。
「その気になれば他人へ干渉することなど、魔力や暗示の力で何とでもなります。……ですが、アリスには後者が効かない。私の手の内から離れる術を持つ者が、どうやって困難に立ち向かっていくのか興味が湧きまして。それを見届けるため、あなたに協力することにしたんですよ」
 どうやら伝えたいことを話し終えたようで、相手の言葉がぴたりと止まった。
 話を聞く中で、深く追求したいことは徐々に生まれてきたんだけど。ヴァーレントが胸中で抱えていたことが――あたしには思いもよらなかったほど壮大な内容すぎて。
「困難に立ち向かうのを見届ける、ね……」
 そう、ぽつりと呟くことしかできなかった。

 先の会話からお互い言葉を発しなくなり……しんと静まり返った室内で、聞いた内容を反芻する。
 少なくとも、パートナーが契約に固執する理由については分かった。でも――全て解決したかと聞かれたら嘘になる……それは、もう一つの腑に落ちない点。
 普段あれだけ時間に正確なパートナーが、こんな些細なミスでペナルティを食らってる状況がどう考えてもおかしいのだ。
 それこそ持ち前の有能さであたしを上手いこと誘導し、ティータイムを入れていれば……今日のことだって発生することはなかったのに。
 城の件をもう一度思い返してみると……時計を探し出す準備をする前に、一度だけ休憩を促された記憶がある。その時はあたしも使命感に駆られてたから――目の前のスイーツは断腸の思いで断ったし、ヴァーレントからも強く引き止められなかった。
 そうなると、あの時のヴァーレントは。
 ペナルティを負うことを承知で――普段通りの笑みで静観しながら、あたしの意思に合わせてくれたってことになるわけで。絶対的に自分の意思を通したい訳じゃなく、最初に約束した呪いの効果に関してできるだけ協力するってのは考慮されているようね。
 もしくは――真実を隠すのは止めて、正直に話しても良いかもって思ったのかしら。……いやいや。まだ出会ってそんなに経ってない間柄なんだし、流石にないわよね。脳裏によぎった推測は、自分でも現実味が薄すぎる線のもので。この仮定は一瞬にして頭から振り払うこととなった。

 ここでの話をあたしなりに整理すると……ヴァーレントは契約続行の意思を強く持っていて、呪い関係は変わらず協力してくれるってことで良いのかしら。
 念のため、相手の意思を確かめるように問いかける。
「……一応聞いとくけど。契約を解除する気は一切ないのよね?」
「ええ。契約を結び、傍で見届ける方法が最も合理的ですので。……勿論、呪いやお菓子の提供についても、今まで通り協力は惜しみませんよ」
 あたしの考えも、読めているってことか。脳内を見透かしたかのような有能さと相変わらずのすました態度に……はあ、と一つため息を吐き出した。
「あたしのことを見届けるつもりっていうなら。今まで通り、有効距離の解決策を探し出すのに協力してよね」
「それは勿論です」
「……あとさ、他に隠してることがあれば先に話しといてよね。前のパートナーの件とか、凄く気になるんだけど」
「今のところはありませんよ。仰っている件については……また機会があればお話しします」
 普段通りの笑みを浮かべた姿から、今日のところは求める答えが返ってこないことを本能的に理解して。
「全く……あんたって、意外と頑固よね」
「いえいえ。お菓子を目の前にしたアリスの意志の強さには敵いませんよ」
 そうやってお互いの気風をからかうような会話を交わした後。ちょうど正面の扉から、ノックの音が響いてきた。

* * * * *

 家主お手製の家庭料理を心置きなく味わった後。これまた手作りのアップルパイと紅茶で一息入れることになった。 順に切り分けられ、皿に乗せられるのを待ち遠しく眺めていると……断面から甘く煮られた大振りの林檎が姿を現し、甘酸っぱい香りが辺りに広がり始めた。ナイフを滑らせる度に枯葉を踏みしめるような小気味いい音がパイ生地から鳴り響いてきて、さくさく感も十分に想像できる。
 ナイフ片手に上機嫌な彼女の姿に、ふと写真の一件が脳裏を掠めた。きっと長い付き合いなんだろうし……パートナーが持つ弱みのひとつやふたつくらい、もしかすると知ってるかもしれない。ダメもとでアップルパイを切り分けている彼女に尋ねてみることにした。
「ラピンちゃん。小さい頃に見たことある、ヴァーレントの弱みって何かないかしら?」
 質問を受けた相手は動かしていた手を止め、不思議そうに首を傾げていた。
「あら、私の話? レンくんが小さい時の話じゃなくて良いの?」
 質問に質問で返されたと思ったら、何故かヴァーレントのことを引き合いに出され。あたしもつられて同じ方向に首を傾げてしまう。
「ヴァーレントの方がラピンちゃんより年上でしょ? 何か弱みがあるなら教えてほしいの」
 あたしたちの様子を静かに眺めつつ紅茶を口に運んでいたパートナーは、カップをテーブルに戻したあと、指摘するような語気で会話に入ってきた。
「アリス、一体何を言っているんですか……? ラピンさんは私よりも遥かに年上ですよ」
「遥かに……? え、だってこの写真だったらヴァーレントより小さいじゃない?」
 パートナーの妙な返答に、例の写真立ての前まで移動して二人に分かるよう指をさす。仮に、この品物を見せて年下はどっちなのか聞いて回ったとしたら、十人中ほぼ全員が女の子の方だと答えるだろう。
 話題の当人たちのうち、ラピンちゃんは――少し赤らめた両頬に手を添え、ぴこぴこと耳を動かしながら恥ずかしそうな表情であたしの前に近寄ってきた。
「ああ、この写真ね! これはレン君を驚かそうと思ってドッキリを仕掛けたときの思い出よ~」
「ドッキリ……?」
 思いもよらなかった発言に、一瞬思考が停止しそうになる。
「ほら、レン君のペナルティは小さくなるじゃない? ちょっと驚かそうと思って、外見を変化させる術を使ったときの記念写真なの。そうだったわよね、レン君?」
「ええ……確か百年前ほどの出来事だったかと」
「実は私、昔から姿があんまり変わらないのよね~。ここ五百年くらいは変化なし、かしら?」
 さらりと漏らされた重大な事実に、脳が揺さぶられたかのような衝撃が走った。
 ヴァーレントが二百歳越えだから……ラピンちゃんは少なくとも、二倍以上は年上ってことになる。
 これ……生命の神秘レベルじゃない?
「ラピンちゃん、いや、ラピンさん……?」
 混乱のあまり、しっくりくる敬称を探してぶつぶつと口に出し始めると……目の前の女性は手を前に突き出し、ぶんぶんと勢いよく左右に振っていた。
「嫌だわ~、アリスちゃん! そんな他人行儀に呼ばないで、ラピンちゃんで良いのよ!」
 そう慌てて伝えながら、花のように微笑む可愛らしい女の人は。あたしよりも二十倍以上の年数、立派に人生を歩んでいる大人ってことで。

 あたしも魔族について、もっと勉強しないといけないみたい……。
 本日何度目かの衝撃を脳裏に受けながら――改めて、そう強く心に誓ったのだった。


 ヴァーレンハイトの考えを聞いたり、改めて有効距離の方法について何とかする意思を固めたり。
 そしてラピンちゃんが登場。こういう女の子は書いてて楽しいですね。