苺パフェとシュークリーム
2 レギナ視点・過去
わらわがまだ王女だった頃。女王たる振る舞いを学ぶ際に母が述べていた言葉は、教えを請ううちに自然と暗唱できるようになった。優しく、時に厳しい指導もあり、何度も打ちひしがれるような思いを抱いたが……執る指揮や決断、一挙一動が共存地域の未来に繋がるからこそ、心を鬼にして指導してくれていたのだと後に理解した。
公務に勤める母は、民の現状や臣下の話に進んで耳を傾け、可能な限り最善を尽くす策を選び取りながら実行に移していて。共存地域の繁栄のため、民の安寧を祈り、臣下からの信頼も束ねながら女王としての責務を実行する姿に、いずれその地位を継ぐことが光栄に思えて誇らしかった。
しかし。そんな母は、身も心も尽くして政務に勤めていた結果――元より丈夫ではなかった身体を壊してしまい。床に伏せる期間もほとんどなく、黄泉路へ旅立ってしまった。公務の傍ら、過労を案じた医師から遠慮がちに嗜められている場面も時折目にしていたし、ここ数か月は……残された時間がもう長くないこと、いつ継いでもおかしくないのだと諭すように聞かせられていて。命の灯火が尽きる間際までこの地の女王としての在り方を体現する姿に、わらわだけでも目に焼き付けておかねばと、必死で付き従ったものだった。
子供ながらに、覚悟はしているつもりだった。
それでも。眠ったように横たわる母の亡骸を見つめながら――いなくなった実感が湧かないまま、いずれ継ぐのだと漠然と考えていた地位が目の前に突然やって来たことに、足元がぐらつくような感覚が暫くずっと、続いていた。
女王は世襲制であり、成年を迎える前に継ぐことは前例がないわけではなかったが、この若さは異例だと囁かれていた。わらわは継ぐ意思を露にしていたのだが、最終的な判断は、各地の権力者や城内の要職を招集した議会で審議される運びとなった。
半日にも及ぶ会議の中で、階級は最上位に達しており魔力の素養として申し分ないこと。現時点で呪いも発現しており、城にいる限りは公務への影響は少ないだろうと可決された。
結論付けられてから間もなく、母の送別会とわらわの戴冠式の準備がみるみるうちに進められていった。
お披露目の場に向けて、式典用に仕立てられた装具を身に着けていく。急遽、明後日に設定されたというのに……髪飾りから足先に至るまで、必要な装飾品は抜けもなく一式揃えられていた。母のことだ。きっと、皆にも万一に備えて準備を進めるように伝えていたのだろう。
母が身に纏っていたものより小さいが――赤を基調としたドレスに、女王の証たるカボチャのランタンを模した冠。豪奢な姿見の前に立ち、侍従にされるがまま甲斐甲斐しく女王としての装いに飾り立てられていく様に……昨日口にした苺のパフェのようだと、自分のことなのに、どこか遠いところからぼんやりと眺めているような心地でいたことは覚えている。
送別会を終え、王墓に収められていく母の棺を目で追いながら、ようやく喪失感が現実味を帯びたように胸中をじわじわと満たす中、形式的に済ませた戴冠式で――わらわは十二歳にして、新たな女王の座に就いた。
母がわらわに遺してくれたものは、民を統べるための政務知識と、女王たる心構え。公務に関しては当初気がかりな面も数多くあったが、入念な指導を受けていたことが功を奏し、想定していたほど慌てることはなかった。また、女王たる毅然とした振る舞いも、記憶に残る母の姿を思い出しながら作り上げた。限られた時間の中で必要な技術を授けてくれた母には今でも感謝しかない。
幸いにして大きなトラブルは表立っては発生しなかったものの、先代が生前苦慮していたことも――やがて知ることになる。
玉座を継いで何月か経過した頃。まだまだ女王としては拙いわらわにも、一部の臣下が向けてくる思惑を読み取れるようになった。
民のことを慮ってではなく、己が有益となる策略を腹の内に忍ばせて接してくる者。表面上は媚びへつらいながらも、あわよくばわらわの立場を利用しようと付け狙っている者。
子供と思って嘗められているのか、それとも以前からそうだったのかは分からぬ。だが、おそらく……短い付き合いの中で彼らの策謀を既に察することができているのだから、きっと後者なのだろう。言葉巧みに欺こうとする奴らの目論見を突き放しながら、付け入る隙を見せてはならぬと始終気が抜けなかった。
同時に、母はこのような者たちとも対峙していたことを知り、その苦労と努力を偲んだ。近くにいたわらわすら気取ることもなく――たった一人、玉座の上で戦っていたのだ。
これからわらわが成すべきことは、母から継いだこの地位で、共存地域をより良い環境にする政治を執り行うこと。
そうでなければ――母が民のことを心から想い、国を治めることに生涯を捧げて取り組んできたことが、報われないではないか。
反芻した言葉と共に亡き母の顔が脳裏に浮かび、悲しみと悔しさとが入り混じったような感情で胸がいっぱいになる。堰を切ったような激情に目頭がじわりと熱を帯びたとき、あの言葉が頭をよぎった。
――そうだ。母を理由に動くのではなく、わらわが自分の意思で進めるものなのだ。
自分がやるべきだと決めたからこそ、この地を良くするために取り組むのだと。
滲んだ涙が溢れ出すのを抑えるように目尻を指で強くこすり、深く心に誓った。
それからの行動は迅速に動いた。母が生前信頼を寄せていた側近を束ね、城の内情を探り不正の証拠を入念に集めた。中には尻尾を掴ませまいと画策する者もいたようだが、まとめられた書類に目を通す度に、流石は母が頼りにしていた側近たちだと感心したものだった。
そうして戴冠式から一度季節が巡った頃。動かぬ証拠を議会に突きつけ、裏金や根回しなど、城内の不祥事に関与した者を一掃すべく解任した。地域内の混乱を避けるために詳細な罪状は述べなかったせいで、実情を知らぬ多くの民たちには切り捨てたと表現されるような改革に見えたと思う。城の中ですら独裁政治だと糾弾する者、死神や断罪者などと揶揄する者もいたが――共存地域の未来のために、今やらねばならぬことだった。
しかし。前代未聞とも称された大幅な改革に城内は大混乱を極め、業務の遂行に多大な影響を及ぼす寸前となった。何名もの要人に対し自らの手で引導を渡した以上、城の運営に支障をきたすわけにはいかぬ。玉座に留まり続けるのではなくわらわも共に城内を駆けずり回り、細部に至るまで気を配りながら公務に勤めた。
今思い返せば、あの時期の業務を乗り越えたからこそ、わらわもより女王として成長する機会となった。
引き継ぎに大わらわだった城内がようやく落ち着きを取り戻し、人員補充の話が進み始めたころ、雇用試験の仔細を聞いて驚いた。
従来の手法では……個人の基礎能力よりも階級の優劣を基準に、優秀な者から上の役職へ振り分けていること。募集要項の時点で――ビショップ以下の階級の者は、参加資格すら与えられないこと。
理由を詳しく聞くと、人事の総括者が長年勤めた威光を肩書きに、女王すら不介入とさせていたらしい。階級主義という、そのような偏った考えが不正の温床の一助になっていたのだと改めて理解した。
人払いをした執務室の中、試験のあり方について思案に耽る。
「より良い政治を行おうとする心意気に、魔力の優劣は関係ないのにのう……」
一昨年行われた雇用試験の資料を眺めながら、思わずぽつりと口にした。
階級の高い者がより良い人材とは限らない。それは水面下で蔓延っていた汚職を目の当たりにして、わらわが悟った事実。つまり従来の制度を使うのならば、現状から変わることはないのではないか。
幸か不幸か――此度の改革で人事総括者にも処分を下した。だからこそ、整備する余地が生まれたとも言える。
不足した人材の補充と新たな発掘が必要となるならば、間口を広げてやれば良い。政を行う場所だからこそ。共存地域であることを利点として生かせられれば、この地をより良くすることができるはず。
単純に考えるとすると、行うべきは階級制限の撤廃。できれば種族を問わず、様々な意見を取り入れられるように変えていけるというのが理想だが……。
そこまで考えを巡らせたところで、難しい問題に大きく息を吐いた。
共存地域の歴史として、地域の統括については人間側が治めるとされており、よほどのことがない限り魔族が要職として立つことはない。なおかつ、魔族地域では共存地域以上に階級格差が激しいと聞く。
ならば――階級の低い人間も含め……低階級の魔族の地位や権利は、一体どのような扱いになっているのであろうか?
気になってから数日程、その疑問が浮かんでは離れなかった。
それでも公務は行わねばならない。頭の片隅に例の難題を留め置いたまま、山積みの書類に目を通し続ける。机を埋める紙の束がようやく一山片付いたところで判子をテーブルに戻し、両手を組んで頭上へぴんと伸ばした。
流石に、城の中に缶詰状態が続くと息がつまるのう。
次の視察は少し先だが――無性に、城下の世界に触れたくなった。
もう一山分の処理を終え、顔を上げて入口近くの天井へと視線を向ける。ステンドグラスから差し込む光はきらきらと床を照らし、屋外の暖かさを感じさせるように周囲の空気を柔らかく包んでいた。
必要な処理は区切りの良いところまで進めた。疑念についてこの場で考えを巡らせても、どうにも判断できる訳がない。居ても立っても居られないのなら……思い立ったが吉日、というものじゃ。
意を決して執務室の扉を押し開け、廊下を巡回する衛兵に声をかけて自室まで着いてきてもらう。半日ほど休むゆえ人払いをしておくようにと伝え、部屋に立ち入り慎重に鍵をかけた。ぴたりと閉めた扉に顔を寄せ、息を殺して耳をそばだてる。扉越しに響く甲冑の硬質な金属音が次第に遠のいたことを確認したあと。頭上で煌めく冠をテーブルの上にそっと置き、クローゼットの奥に隠していた――普段の装いより装飾が抑えられた、白を基調としたワンピースを取り出した。
手早く着替えを済ませ、念のため再度扉に近寄って周囲の気配を探る。その足でベッド脇のサイドテーブルへ急いで近づいた。二段目の引き出しに仕舞っていたエメラルドグリーンの鍵を握り、足元に屈みこんで小さな赤のハートがあしらわれた大理石を入念に観察する。一つだけ、周囲よりも少し色が濃いものを親指の腹で静かに押した。
途端に石臼を動かしたような低く鈍い音を立てながら、テーブルの下のタイルがぽっかりと口を開ける。大人でも十分通れそうな――王家にのみ伝わる隠し通路だ。
一度穴の中を覗き込んだあと。魔術でこしらえた身代わり人形に先ほどまで着ていた衣服を纏わせ、毛布で包んでベッドへ横たわらせる。心臓の鼓動が早鐘のように打つのを感じながら……思い切って、穴の中へと潜り込んだ。
灯り代わりに指先へ小さな火を灯したまま、底が見えないほど長く続く階段を風の術を駆使して降り立ち、地下に続く道を一目散に進んでいく。ここは城内外に広がる井戸の管理通路で、真っすぐ抜けると城の外に出られるらしい。ようやく辿り着いた突き当たりの壁に、手持ちの鍵と同じ色の扉が据えられているのを目にしたところでほっと息を吐いた。
道の途中までは何度か降りてみたことがあるが、鍵を使ってお忍びで外に出ようと試みるのは、今回が初めてだ。
震える手で鍵を回したあと。深く息を吸って吐き、逸る鼓動をなるべく抑えようとする。正面に向き直り、扉を押して……記念すべき一歩目を踏み出した。途端に周囲に白煙が立ち上り、わらわの頭部は――カボチャ頭の、ジャック・オー・ランタンへと一瞬にして様変わりした。
これがわらわの呪い。城の敷地から出ると、ジャック・オー・ランタンに変化してしまう。強制的に、普段の姿を保つことができなくなるのだ。
日頃の視察に常時馬車を使うのも女王の威厳を保つために必要なことだと常々言い聞かされており、この体質の影響で、城外では街の者と直接接することを禁じられている。
別の視点で捉えれば――臣下の目から逃れてしまえば、わらわは女王とは別の姿で闊歩することができるとも言える。
物理的に小さな方が見つかるリスクも下がるだろうと、変化のついでに頭一つ分ほど背丈が低くなるよう術を施す。仕上げに持ってきておいた姿消しのヴェールを被り、光が感じられる方向へと歩を進めた。万が一のことを想定して、できるだけ静かに立ち回ることを心掛けながら……微かに日光が差し込む井戸の口へと近づいていった。
往来の気配を慎重に読み、人がいないタイミングを見計らって井戸の中から飛び出す。近くの茂みへ暫く身を潜めたあと、様々な者の魔力を調査するべく、多くの店が立ち並ぶ商店通りへ向かうこととした。
隠し通路は、昔に母から教わったものだ。
我々は立場がある以上、自らの希望だけでは軽率に城の外へ出られないこと。ただ、母も昔は――この通路を駆使して、しばしばお忍びで街へと散策に出ていたこと。年の近い子供たちと時々遊んで、些細なことで笑い合えるような友達ができたこと。不在にしていたところを乳母に見つかったとき、散々怒られたこと。
最後にこってり絞られたときの思い出が蘇ったのか、肩をすくめつつも楽しそうに笑いながら話していて。その時に、自分の目で見ることの大切さを教えてくれた。
人も魔族も関係なく、どう頑張っても完全に相手の立場になることはできない。けれど、理解するための努力をすることはできる。
わらわの呪いは女王でありながらも民と近い場所で密かに寄り添うことができる素敵な体質だと、穏やかな笑みを浮かべながら褒めてくれた。
だからこそ、わらわも――こうして外へ出て、自分の目で調査することを決めたのだ。
馬車に揺られながら眺めているときの街の景色は常に活気に満ち溢れていたが。階級を測ることができる虫眼鏡を通して見渡してみると、力仕事や単純作業にポーンやナイトの階級の者が多く勤めている様子が見受けられた。普通の仕事に就いている者もいくらかいるようだが、それでもレンズで観察した限りは偏りが見られる。
魔族地域ほど極端ではないものの……共存地域においても、魔力を持たざる者は肩身の狭い環境を強いられている現状が浮き彫りになった。
「やはり、魔力の素養は将来の道に影響しているのか……」
現実を目の当たりにして、脳が揺さぶられたような衝撃を受ける。
共存地域に住む民は、まずわらわが率いていく気概を持っているが……きっと民の中にも――階級を問わず、この地のために政治を担いたい者だっていると信じている。
やはり、従来のやり方から――わらわにしかできない方法でこの地域を変えていく必要がある。
胸の内に一つ、取り組むべき方向が定まったと感じたところで、今日抱いた感情を忘れぬよう、胸の内に刻みながら踵を返した。
時間にしてそこまで長く不在にしてはいなかったが、焦燥感に駆られながら帰った室内は特段誰かに察知されたような様子もなく。今日の極秘行動が露見しなかったことに安堵しつつも、来たるべき日に備えて雇用試験の草案を練ることを進め始めた。
数月ほど思考を巡らし、配下を交えて入念に練り直しながら、雇用試験の改定を一歩一歩着実に進めていく。
そして、此度の募集の折。試験の内容を変えたことを大々的に告知して、新たな城内勤務者を募ることとした。
変更点は二つ。学力試験の拡充と、階級制限の撤廃。
一般的な知識を問う筆記試験で基礎学力を測り、今回より応用力や判断力を探る実技試験を合わせて実施することで、総合的な能力を加味するようにした。こうでもしないと、その者の特性が見えてこないと考えたからだ。
加えて、共存地域に住む者であれば誰でも受けられるように変更し、受験者の階級に関しては合否を開示するまで伏せておくようにした。前回までがそうだったのだから仕方のないことだが――分かる形で表現してしまえば、色眼鏡を通して見るものが現れ、必ず偏見が生まれる。
試験に携わる者には努々気を付けるように言い聞かせ、自らの目で見定めるためにも、実技試験にはわらわも同席することとした。
侍従の手によって下ろした髪を緩く巻いてもらったあと、頭頂部にそっと冠を載せられる。高い位置で結い上げていた先代の長さにはまだ及ばないが、母譲りの艶のある金糸が肩の辺りでくるりと揺れた。
衛兵と試験官の案内を受け、少しでも威厳を保てるように背筋を伸ばし、実技試験の会場へ歩を進める。応接室には大きな長机が一台用意され、三十名ほどの人員が机を挟んで向かい合うように座っていた。フロアより一段高い壇上へ進みながら、受験者の群衆を一瞥する。予想より多いくらいだが、魔族も人間もほどよく入り交じり、良い塩梅になったのではないか。今か今かと落ち着きなくそわそわしている者。反対に悠然と構えている者など、様々な様子が見て取れた。
壇上に据えられた演台の前に立ち、わらわの歩みが止まったことを確認した後、右側に控えた衛兵が槍の柄で地面を大きく叩く。受験者の視線を一心に集める中、反対側に立つ試験官が、部屋中に響き渡るような威勢の良い声を張り上げた。
「皆の者! こちらにいらっしゃるお方が――女王、レギナ・キュオレ様である! 実技試験について、女王様より直々にお言葉を賜る。心して聞くように!」
二人揃って半歩後ろに下がる動作を見送ったあと。胸を張り、皆に聞こえるような声量で語りかけた。
「筆記試験を乗り越え、よく集まってくれた。わらわがこの城の女王である。此度の試験にて、共にこの地の未来を担う者と出会えることを楽しみにしておる。皆の健闘を祈っておるぞ」
無事に挨拶を述べた後、本題に入る前に一呼吸置く。
「さて、試験の内容じゃが……ここに揃った全員で、あるテーマについて議論を交わしてもらう。皆で良い解決策を見出し、最後に報告せよ。議題は……白い薔薇を赤い薔薇へ変える方法を提案してみせよ。ただし、魔法は使わぬ手段でな」
最後に付け足した言葉を耳にした途端、受験者は困惑とも狼狽ともとれるような表情を浮かべ、唸るような声をざわざわと漏らし始めた。そのまま会場全体に視線を注いでいると、徐々に水を打ったように静まり返る。ようやく吐息のみが聞こえる程度に収まったころ、傍に用意された肘掛け椅子に腰を下ろした。
魔力の素養があればあるほど、大抵のことなどどうにでもなるのだ。しかし、この議題を乗り越えられるような人材でなければ、試験を変えた意味がない。
階級の高さや魔力の素養など関係なく、未来を切り拓く力を持つ者に出会えることを期待して、議論の行く末を見届けることにした。
目の前で繰り広げられる会話を耳に入れながら……我ながら、少し厄介な題目にしすぎたかと考えあぐねた。試験開始から暫く経過したものの、以前議論は膠着状態。ペンキを使って染め上げるだの薄手の布を被せるだの、本質的には何も解決しておらぬ。問題の表面を撫でるように取り繕う解答ばかりで、これでは解任した者たちとそう大差ない考え方に見受けられた。
ため息を漏らしたくなるのを抑え、片肘を付いて右手に頭を預ける。
加えて、気にかかっているのは……受験者たちは議論を交わしながらも、時折ちらちらとわらわのことを盗み見ている様。畏怖と怯えが混じったような視線の数々に、もしや、と一つの可能性に思い当たった。
こやつたちは、わらわが注視していることに対し、萎縮してしまっているのだろうか。
昨年の改革で、不吉な異名も広く知れ渡っている。普段関わりを持たない者たちからすると、粗相をしただけで粛清対象になると恐れられているのかもしれない。
そう考えれば、確かに無理もない、か……。できれば自分の目で確かめたかったのだが、仕方ないかのう。
試験が本末転倒になる前に、別室での見物に切り替えようと肘置きに添えた手に力を込めた矢先。
奥の方で、おずおずと遠慮がちに手を上げた者がいた。
左右に小さく――それでいて勢いよく頭を下げ、身を縮こませながら立ち上がる。
緊張のせいか身体を小刻みに揺らし、鼻の上で支えるタイプの眼鏡を震える右手でそっと支えていた。ミルクティーのようなくせ毛の髪は頭頂部辺りでぴょこぴょこと跳ねており、触り心地が良さそうに見える。綿毛のようにふわりとした、白い毛並みの垂れた特徴的な耳に……ウサギの魔族の者ということが見て取れた。
「え、ええと……その日にお披露目するには難しいですが……必要な分だけ摘み取って、赤に染めた水に浸けておくのはどうでしょうか。少し時間はかかりますが、植物の力のみで花弁の色を変化させることができます。その間に他の準備もできますし、時間が許されるのであれば、得策かと……」
そう言い残すやいなや慌ててお辞儀をし、更に身体を小さく縮めながら俯いて座り込んだ。
最後は尻すぼみ気味だったものの、利点と欠点を述べたうえで誠実に語りかける様に目を見張る。何より、魔力がなくても容易にできる手法であり、時間の制約を設けていない議題にとっては優れた方法に感じられた。
彼の案に乗じるように再び意見が交わされるようになり、会議に活気が蘇る。ようやく軌道に乗り始めた受験者の集団に視線をやりながらも試験官を近くに招き、耳打ちをした。
「……あの者は?」
「はっ。彼は確か――リーブレ・ホワイト。元々は魔族地域出身のようですが、数年前にこちらに移住しております。階級は黒のポーンですが、筆記試験の成績は抜きん出て優秀。上位で通過しています」
「ほう、黒のポーンか……」
説明を受けながら受験者の情報を一覧にした羊皮紙を受け取り、自分の目でも読み進める。手元の紙面には今聞いた内容が事細かに書かれており、魔族地域での並々ならぬ事情を感じとった。
魔力を持たない者だからこそ、広い視野を持てているのかもしれぬな。
「成る程のう。だからこそ、なのかもしれぬな。此度の試験……良い収穫がありそうじゃ」
残り時間も迫っており、結論を出すために奔走する群衆の傍らで――興味深い対象が現れたことに、そっと笑みを浮かべた。
実技試験の解答はリーブレの案をベースとして、いくつかの解決策が提示された。あの意見が転機となったようだが、流石は筆記試験を乗り越えてきた精鋭。当初の見立てよりも良い意見が出揃ったように感じた。最終的な合格者はまた後日連絡すると伝え、会場を後にする受験者を見送り、試験官や招集した臣下とともに数日かけて最終的な選別を行った。
結局何名受かったのかというと。最初の試みともあって少し緩くしたつもりだったが、予想に反して実技試験参加者の七割程度に収まった。難易度の調整が必要な部分もあり、今後の反省点として改良の余地があることを肝に銘じる。
合格者を招き入れる日取りを決め、無事に入城式を迎えた日。改めて、晴れて城内に勤めることとなった新人たちの顔ぶれを眺め見る。結果として階級もまちまちとなり、少なくとも、以前のような凝り固まった階級主義からは変わる希望が見えた。
その証拠に、あやつも残っておるしのう。
右の端の方で――相も変わらず小刻みに震える綿毛のようなフォルムを視認したところで、予想通りではあったものの、安堵の息を静かに吐き出したのだった。
リーブレ・ホワイトは――実に『勿体ない』という表現が似合う男だった。
後ろから声をかけただけで飛び上がるほど驚き、身を震わせて慌てながら目尻に涙を浮かべて挨拶する始末。悪くもないのに第一声で謝意を述べたり、褒めたとしても素直に受け取らず謙遜が口から飛び出す様だ。
しかし、気弱でおどおどとした姿からは想像できぬほど、年齢に見合わず博識で。齢十七歳にして長年勤めた者にも見劣りしない知識と、既存のやり方に囚われない柔軟な発想は、周りの者に対しても良い影響を与えていた。
書庫の小間使いから始めたが頭角を表すのが予想以上に早く、早々に城の政務に関わる立場に転換させることとなり。現在は裁判所の書記に任命している。
魔力弱者であるがゆえに、広い視点や相手の立場が分かる発想力。わらわの目に狂いはなかったと、彼の働きぶりに舌を巻いた。
基礎能力としては申し分なく、有能な面を把握したからこそ――ただただ惜しい人材。謙虚さは美徳だが、いきすぎてはマイナスに働く。おそらく魔族地域の経験が影響しているのだろうが――あやつに自信さえつけば、より良い人材となると思うのだが。
「いっそのこと……理解するための努力をしてみるとするかのう」
彼の世代が勤めるようになって、そろそろ一年が経つ。
この機会に直接話をしてみよう、と思い立った。
若くして玉座を継いだり、城内の改革に取り組んだり。そして、ようやくリーブレの登場です。