苺パフェとシュークリーム
3 リーブレ視点・過去
僕は魔族地域で生まれ、黒のポーンの階級を授かった。
幼いうちは皆大体同じ階級だったし、揃っている分には良かったけれど。少しずつ周りの階級が順調に上がり始める年頃になっても、僕の階級が変わる兆しは見えなかった。そして、同じ年の友達と段々と差が広がり始めた頃……少しずつ、下に見られるような扱いを受けるようになってきた。
理不尽な待遇を受けて、勿論僕だって怒りを覚えたこともある。衝動のまま周りの大人たちに疑問をぶつけたりもしたけど、これが魔族地域では当たり前のことで。成長するにつれて、風当たりは強くなる一方だった。
それから少し経って、遊んでいたときの些細な喧嘩の勢いで……目に怪我を負ってしまって。幸い治療は受けられたけど、視力が落ちて眼鏡が必須の身となってしまった。烈火のように激昂する父の前で、加害者は元より仲裁に入った者ですら――ポーンなのだからと、こちらの肩を持つことすらされなかった。
呪いを授かる年齢を超えてもポーンのままのお前が悪いのだと。
魔族として、将来の価値はないのだと。
吐き捨てるように投げかけられた言葉が脳裏にぐわんぐわんと響く中、僕はずきずきと痛む目を押さえながら……母の胸の中で静かに泣き続けた。
その一件が決定打となって、一家全員で共存地域に移り住むことになった。両親きっての提案だったし、僕の身の安全を優先してくれたのだと思う。
安堵の気持ちと共に胸を埋め尽くすような申し訳なさを感じて謝り続ける僕に、父や母は笑って励ましてくれた。いずれ階級だって上がるかもしれない、気にせずに過ごしなさいと。
そんな家族に恩返しがしたくて、隠れてこっそり魔術の特訓もしていたんだっけ。けれど、元々保有量が低くて練習もあまりできなかったし、枯渇するまで魔術を使い続けてみても、階級に変化は見られなかった。どんなに頑張っても成果は出なくて……その時に、努力を積んだとしても、どうしようもできないことだってあることを学んだ。
だから階級については仕方ないと割り切って――自分の行動次第で達成できることには、精一杯努力すると決心した。僕の場合はそれが学問だった。
勉強することを苦には感じなかったし、今の環境では魔族地域で受けたような不当な扱いを受けることもなくて。授業の後に友達と話しながら様々な知識を吸収するのが楽しくて、学校の先生に質問したり、日が暮れるまで図書室に入り浸ったりして、沢山打ち込むことができた。
そんなある日、女王様の訃報と共に、新たな女王様が就任されることが報じられた。訃報の意味を辞書で調べたとき、母親がいなくなるってことは、きっと、凄く心細いんだろうなと子供ながらに同情した。
悲しみとお祝いが入り混じった心境になる中、新聞の一面に掲載された、僕よりも幼い女王様の面立ちは――虚ろな瞳の奥に何かを決意したような。覚悟を感じる表情を浮かべていて。何故か目が離せなくて、暫くその写真をぼうっと眺めていた。
世の中には僕のように道が狭まっている人もいるけど、生まれながらにその道しか用意されていない人もいるんだと。そのような、雲の上の存在がいることを初めて知ったんだ。
後に、女王様が就任一年後に――恐ろしい異名で称されるような凄い改革をなされたことを知って、腰が抜けそうなほど驚愕したことを覚えている。
それからも勉学に励む日々を過ごしていたとき、授業の中で女王様の新たな改革について説明を受けた。聞けば、城内勤務者の雇用試験について、内容を大幅に変更されたのだという。特に、募集要項にあった階級制限が撤廃されたと耳にしたものだから、興味本位で城門の前の掲示板を見に行ったんだ。
掲げられた用紙の左端から順番に、一言一句漏らさないようじっくりと読み進める。授業で聞いた通り、確かに階級の記述は消えていて。共存地域に住む者であれば、誰でも受けられると記載されていた。
……つまり、黒のポーンの僕にも参加することができるということだ。
その思考に至ったとき。ふと、自分の将来について思いを馳せた。
共存地域で暮らすようになってから、僕は将来何ができるのかをぼんやりと考えていた。
僕の階級では――何を成すにも大半の望む進路を得られないことは、随分と前に理解して、やりたいことを見つけることすら半分諦めていたんだけど。
この試験の存在が一縷の希望に感じた。
魔力を殆ど持たない僕にも……いや、僕だからこそ、何かできることがあるのではないだろうかと。
試験は半年後。努力を積むにはまだ十分時間がある。
新たな目標ができたからこそ、より一層、勉強に打ち込むことを続けられるようになった。
筆記試験を受けるために初めて訪れたお城の中は、まるで夢の世界のようだった。普段は裁判所として使われていると教えてもらった会場は、何もかも豪華絢爛で。至る所に高そうな調度品が置かれていたり、趣のある絵画なんかが沢山壁に掛けられていた。もしこんなところで働くとしたら、下手に動いて壊したりしないか終始恐縮しっぱなしだろうなと、ずっと身震いしていたことは覚えている。
肝心の試験内容は勉強の甲斐もあって自信があったから、数日後に届いた結果通知はすぐに確認して、ほっと胸をなでおろしたんだっけ。
でも、その後に届いた、次の試験の案内状は……読み進めながら驚いた。実技試験と書かれているからには、魔力を使うようなことをさせられるのだろうか、と。
内容は三日後の――試験当日に説明すると書かれていて。試験日を迎えるまで毎日気が気じゃなかった。
待ち遠しいような、行きたくないような気持ちを抱えながら――重くなる足を何とか動かしてお城に向かう。城内に通され、席に着いてからも不安感が拭えない。立ち上る戦慄から体が小刻みに震え始める中、できる限り大人しく座っていると……硬質な靴音を鳴らしながら、正面のフロアに数名の人物がさっと立ち並んだ。
城門やお城の至る所に配置されている衛兵と、礼服をぴしっと着こなした試験官と思われる人が一名ずつ。そして、中央に毅然と立つのは――神々しい金の巻き髪に、深紅のドレスの女の子。頭頂部には女王の証のカボチャの冠を載せ、伏し目がちの蒼い目はこちらの考えを見透かしているのかと感じるほど鋭く、海のように深い光を放っていた。
この方が、女王様。
圧倒されそうなほどのオーラを放つ人が、この世には存在するのだと……僕は今日、身をもって知った。
……正直、実技試験の内容は無我夢中で覚えていない。
三日後に結果通知が届いたとき、早く確認したいようなそうでないような、ごちゃ混ぜな気分になってしまって。封筒を両手でしっかり持ちながら室内を何度か往復した後……意を決して封を開ける。一字一字噛みしめるように読み進めていくと、二行目の真ん中に、太字で書かれた合格の文字が目に飛び込んできて。脳内が安心感で満たされると共に、体中の力が一気に抜け落ちた。思わずその場に力なく座り込む。
全てがとんとん拍子に進んでいるみたいで、内心信じられない。もしかしたら夢なのではないかと思って頬を引っ張ってみたけど、遅れて返って来るじんじんとした痛みは現実のものだった。
早鐘を打つような鼓動を無理やり落ち着かせ、急ぎ足で家族に伝えに向かったら自分のことのように凄く喜んでもらえて。自分の力で将来の道を掴み取れたことに、僕も心の底から喜んだ。
こうして僕は――晴れてお城勤めの一員となった。
始めの仕事は書庫の管理補助で。こんな僕にもできることがあるんだと嬉しくなったし、合間に様々な本に目を通すことができて、学生のとき以上に知識も増えた。
今は裁判所の書記係に任命されていて。知識量には少し自信があったけれど、この業務を担当するようになってから、より深い知識が必要なことを痛感した。業務の傍ら、自然と書庫に向かう時間が増えていく。
何せ、城の重要な役割の一つなんだ。もっともっと、学ばないと……。
「……精が出るな。急ぎの案件か?」
「女王様!? い、いえ、大したことではありません…!! 個人的な調べ物をしておりまして……!」
突然後ろから城主に声を掛けられ、思わず飛び上がった拍子に前へとつんのめる。本の山に勢いよく顔を突っ込みそうになったとき、周囲の時間が止まったかのように体がぴたりと固まった。何とか体勢を立て直したところで女王様のお力だと理解して、慌てて思い切り頭を下げる。
「ああっ、お手を煩わせてしまい、誠に申し訳ございません…!!」
「よい、気にするな。お主のそそっかしさは心得ておるからのう」
女王様は空いていた隣の椅子に腰掛けながら、僕にも着座を促す。慌ててすとんと腰を下ろすと、こちらを眺めながら穏やかな笑みを浮かべていた。てっきり怒られるかと思って一瞬心臓が縮み上がったけど、言葉の通り気にされていないご様子に、内心ほっとする。
「それより。……お主、暫く休憩も取っておらぬのではないか?」
女王様はそう仰ると、僕の奥側の机に向けて静かに指を示された。動きを辿るように視線を向けると、テーブルの上に一口大のシュークリームが二つとティーカップが静かに佇んでいた。ここに入ったのは昼過ぎだったけど、気づかないうちに差し入れが届いていたらしい。カップの中身は口を付けることもなく冷え切ってしまったようで、入っている紅茶の指二本分ほど上の辺りに茶色い水平線が刻まれていた。
窓の景色からすると、夜に差し掛かるくらいとっぷりと更けてしまっていて。それほどまでに集中していたようで、深々と反省する。
「すみません。明日の仕事のことで気になって、つい熱中してしまったようです……。僕なんかまだまだ未熟者で、もっと頑張らなければ皆さんにご迷惑をおかけしてしまいますし……」
女王様は顎に手を添えながら、静かに、でもはっきりとした口調で僕を見据えた。
「……その自信のなさは、お主が黒のポーンだから、かのう?」
確信を突くような問いに、思わずびくりと身体を震わせてしまう。眉尻を下げて女王様に縋るような視線を送ると、変わらずこちらの目をしっかり見つめながら僕の返答を静かに待っているようだった。
女王様はきっと……僕の境遇をご存知のうえで尋ねていらっしゃるのだろう。
そうだとしたら、嘘は付けない。過去の経験から自分の胸の内に引っかかっているものを紐解くように、少しずつ言葉に乗せ始めた。
「……そう、かもしれませんね……。自分でもできる限り頑張っているとは思うのですが……魔族地域で受けた扱いが心の底に残り、いくら努力しても足りないように感じて、なかなか自信が持てません」
「そうか……ならば、聞き方を変えよう。お主を城に引き入れたわらわも、未熟者かのう?」
重ねて繰り出された恐れ多い問いかけに、俯きかけた顔を慌てて上げる。
「そ、そんなことはありません…!! 女王様は、歴史に残る改革を為された偉大なお方です……!」
「ふむ。だとすると……お主がそう称するわらわが、お主のことを城で働くにふさわしい者だと認めておるのだが。その肩書きでは不満か?」
「め、滅相もありません……!!」
一歩間違えれば不敬罪ともとれる問答に肝を冷やしながらも、必死で答える。女王様はそんな僕の様子を悠然と眺めながら目を細め、口元に笑みを浮かべた。
「お主の働きぶりは皆認めておる。あまり無理をすると……身体を壊してしまうぞ」
そう言い放つと女王様は目をそらし、眉根を少し寄せて一瞬だけ、名残惜しそうな表情をしているように見えた。
そうか、先代の女王様は――。
その横顔に、就任されたときの写真が脳裏に蘇る。何か言わなければという使命感に駆られ、こちらが声をかけようとする前に、女王様は続けた。
「自らの意思で考え、民のために成すべきことを為す。先代――母からの受け売りじゃがのう。お主は今も最善を尽くしてこの地のために取り組んでおる。悪くもないのに謝罪を述べるのは今後控えよ。自らの行動にもっと自信を持て」
先程までの表情は消え、今は優雅な微笑を口角に浮かべていた。身に余るほどの称賛に顔全体が熱くなるのを感じながら、僕も照れ交じりに笑う。
「すみません……いえ、ありがとうございます。今のお言葉……僕の座右の銘に似ています。自分の行動次第で達成できることには精一杯努力する。僕はその志でお城勤めの道を選びましたから……」
「確かに似ておるのう。良い考えじゃ。……ああ。似ていると言えば、わらわも姿が変わる呪いを持っておる。奇遇じゃが、お主とはその面も似ておるのう」
そう楽し気な語気で持ちかけられて。両手を思い切り振りながら否定する。
「そんな、とんでもないです……!」
「まあ、お主の場合は一日猶予がある分、少し違うかのう。……その懐中時計には、思い入れがあるのか?」
すいと指された先には、僕がいつも胸ポケットに忍ばせている懐中時計。質問を受けて鎖を指に絡めとり、真鍮色のそれを引っ張り出した。女王様は僕の呪いの内容をご存知で、ペナルティを回避するための品物だということも把握されている。
「ええと、こちらは……呪いが発動した時に祖父の品を譲ってもらい、ずっと持ちっぱなしでして。中の機械も傷んできていますし、そろそろ新調しようとは思っているのですが……」
「ふむ。成る程のう。家族からの贈り物なのだ、大切に使うのじゃぞ。……長らく邪魔をしてすまぬな。では、またな」
女王様はそう言うと満足げに微笑んで立ち上がり、書庫の扉の向こうに出ていかれた。あまりにも突然の訪問に、先ほどまで絶えず感じていた緊張が一気に解けて、大きく息を吐いてテーブルに突っ伏す。
階級のことについて聞かれたのは正直驚いたけど。初めて他人に自分の気持ちを吐露して、何だか少しだけ、胸が軽くなったような気がした。
すぐには適応できないと思うけど……女王様が認めてくれた僕のことを――自分でも、自信をもって認められるようになりたい。
かけられた言葉を脳内で反芻しながら、今日のところは城門が閉ざされる前に帰らなければと、慌てて廊下へ駆け出したのだった。
それから数年が経って、女王様が再び大きな改革を進められた。何と、魔族からも重要な役職に就く者を選出するらしい。歴史を大きく動かす施策に、そこまでは感心しながら静かに耳を傾けていたんだけれど。続けられた言葉を聞いていくうちに、開いた口が塞がらなくなった。
何と――僕を裁判長に任命するのだという。
城の役職の中でも、特に裁判長は特別で。城の三つの公務のうち、一つの采配を担う重要な職だ。女王様と円滑な連携が取れ、信頼のおける相手であることが必須とされている。
女王様は――仕事ぶりも申し分ない。あやつに任せるのが適任じゃろうと、太鼓判を押してご指名されたと聞いた。
任命式には女王様より直々に、お祝いの品物を贈られるらしい。形のある品を手渡すことで城主としての信頼を示すとともに、任命された相手の忠誠心を確固たるものにするのが習わしなのだとか。
共存地域の歴史の中で魔族初の要職勤めともあって、同期からは大出世だの偉業だのと、仕事の折に肩を叩かれながら褒めそやされたものだった。
仕事に関してはつつがなくこなしつつも、自然と書庫へ足を運ぶ回数が増える。なるべく気負わないようにと考えようとすればするほど、余計に不安な気持ちが胸中にどんどん燻ってしまう。光栄なことだけど気が遠くなりそうなほどの重圧に、読み進めていた本をくの字に立てて置き、開いたページの間に顔をうずめて机の上へ突っ伏した。
「僕が、裁判長だなんて……」
「リーブレ。またここにおったのじゃな」
「わぁっ! 女王様……!」
こうして時々、女王様が不意に来られるのも未だに慣れない。頻度は減ったけれど、流石に背後から声をかけられるのはどうしても驚いてしまう。腰を抜かすように椅子からずり落ちた僕を尻目に、女王様は手に持っていた木製の小箱をことりと本の前に置いた。
「これをやろう。開けてみよ」
ずるずると立ち上がりながら、促されるまま机に顔を近づける。掌よりも一回りほど大きなそれを右手で支え、ゆっくりと蓋を持ち上げた。
中には……柔らかそうな白い絹地の中心に、大きなレンズが一つ収められていた。今かけている眼鏡を左半分だけにしたような形に、端の部分には細長い金のチェーンが繋がっていて、きらきらとした光を放っている。
「これは……モノクル、ですか?」
「うむ。実はな。お主のためにと、皆で協力して用意したのじゃぞ。就任祝い、というやつじゃな」
もしかして、これが例の就任式の品物なのだろうか。眩く輝くそれは、装飾品に疎い僕の目から見ても、とても良い品物で。推測を裏付けているかのようだった。
「わあ……ありがとうございます……。でも、こんなに立派なもの、僕がいただいても良いのでしょうか……」
「違うぞ、リーブレ。お主が立派に成すべきことを為しているから、このような形で示されたのではないのか?」
あまりにも見事な品だったからついネガティブな思考に陥りかけたけど、女王様から少し強めの口調で嗜められる。口から謝意の文言が飛び出しそうになるのを何とか抑え、別の言葉を口にした。
「そう、ですね……そう称していただけて、光栄です……」
僕の返答を聞いて、女王様は感心したような声を上げた。
「おお。謙遜をする癖、大分改善されておるようだな。お主も成長したのう」
「ま、まだ慣れませんが……今後も、できるだけ努力して直していきたいです」
照明の光を反射して煌めくレンズの輝きをひとしきり眺めたあと。ふと疑問を抱いて、思わず問いかけた。
「モノクルなんてお洒落な品、初めて使います。ですが僕、かなり目が悪くて……レンズ一つで大丈夫なのでしょうか?」
女王様は顎に手を当て、こちらを不思議そうに眺めていた。
「リーブレよ……もしや、気づいておらぬのか? お主の右目の視力は平常じゃぞ」
突然、思いもよらないことを指摘されて、小箱を持ち上げたままぴたりと固まってしまう。無礼な振る舞いかと一瞬考えたけれど……さらりと述べた女王様の顔をまじまじと凝視した。
「ええと……? まさか、そんなはずが――」
「本当じゃ。この品を手配する前にも、先ほどお主が本に集中しておる間にも視力を調べたが、右は裸眼で全く問題ないぞ」
衝撃的な発言に混乱する僕の前で、女王様は続ける。
「左の視力が極端に弱いから、違和感なく使っておれたのじゃろう。右側をただのレンズに置き換えて眼鏡を新調する案もあったが、そちらの方が今後の肩書きにも似合うじゃろうて。試しに着けてみよ」
未だに事態の把握ができていない中……催促されるまま今かけている眼鏡を外して机の脇に置き、慣れない手つきでモノクルを取り出す。支えを鼻の上にかけ、チェーンは付けずに垂らしたまま正面を向いた。
視界が明瞭になった先には、優雅に微笑む女王様の姿が映った。そのまま本棚の背表紙や、奥の掲示物などをぐるりと見渡していく。確かに……今まで見ていた景色と違って、驚くほど鮮明に見えるようになっていた。
「見え方はどうじゃ?」
「とても、はっきりと見えます」
「それなら安心したぞ。ああ、これは任命式で渡す予定なのでな。今日のところは返してもらうぞ。一週間後、覚悟しておくように。驚きすぎて倒れるでないぞ」
「……? はい、承知いたしました……」
このお方にしては珍しい――少し悪戯を企んでいるような表情を浮かべる女王様に、よく分からないことを言われて。いつものように退室されたあと、暫く首を傾げていたんだっけ。
そうして迎えた、就任式の日。
玉座の脇に添えられたお盆の上で――モノクルの横に鎮座した、これまた眩いほどに輝く銀製の懐中時計を見て、文字通り飛び上がるほど目を丸くした。足元が浮いたような心地の中、進行役の指示に従いながら、流されるままに品物を拝受する。何とか式典を終えたのは良かったんだけど。直後、玉座を離れる前に……あまりの衝撃に、意識を失ってしまった。
僕が玉座の前で倒れ込んだ写真が、新聞の一面をでかでかと飾ることになったのは……また後日知ったお話。
暫く経ってから医務室で目を覚ましたあと、ベッドの上から急いで飛び出して、玉座の間で佇んでいた女王様の前に駆け寄った。息を整える間も惜しく、途切れ途切れに質問を口から零れさせる。
「女王、様……! 贈り物とは、モノクルのこと、では……?」
「モノクルは、皆からと伝えておったであろう。わらわからは懐中時計じゃ。それとも、出来が不満かの?」
「いえ! 素晴らしい品で大変嬉しく、思っております……!! 大切に、使わせていただきます……!!」
一生懸命お礼を述べる僕の様子を眺めながら、女王様は楽しげに頷いていた。
「お主は……民のために、出来ることをできる限り努力する男じゃ。お主にできると思うたからこそ、裁判長に選んでおる。今の立場に就いた以上、わらわと共に良い政治を率いてもらうとするぞ」
「は、はい……!」
あの時は息を整えるので精一杯だったから、気の利いた言葉は返せなかったけれど。
また目標に向けて努力する日々が始まることを考えながら、艶やかに微笑む城主の期待に応えたいと、心の底から思った。
リーブレの境遇とか、お城勤めのあれこれとか。